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【アルトダ・ガフィルダ】

この外伝のみ、テキストです。
※ちょっぴり大人の表現あり。
文章制作--文月
原案・制作依頼--りゅうか


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「准尉は私の事は知りません」
「えっ?」
「私の事はいいですから……」
「お願いです。シザーク様でなければ助けられない」

――「でも、それはオレのせいで」

 あの方はそう、顔を歪ませていた。

――「なんでっ? こんなに近くにいるのに?」

 私へ、 強く訴えかけるような瞳。
 辛そうな瞳だった。
 まるで自分の事のように……私の辛さを受け止めてくださったようにも思えた。

 その、人をひきつける強さと優しさ。

 あの方の放つ"光"そのものが、ずっと私の求めていたものだったのかもしれない。






竜棲星-ドラゴンズプラネット外伝
『アルトダ・ガフィルダ』






 物心ついた時から、自分自身の事はよくわかっているつもりだった。
 自分が別の家から貰われてきた養子である事も、本当の親が王家に仕える家系である事も、わかっていた。
 まだ自分が何も知らなかった頃。
 アルトダ家の養子になる時には、もうすでに本当の親からも引き離されていた後だった。
 幼い自分が両親だと思っていた人物から告げられた、「お前は良い子だから」という言葉。
 今でもはっきりと覚えている。
 小さな家の前に立って、背の高い両親達を見つめ、思っていた。
   ――良い子だから……?
 良い子になると、暮らす家が変わるのだろうか。
 家だけではない。
 まったく自分の知らない、両親と名乗る人物が現れた。

 あの日から、自分の周囲は変わってしまった。

「良い子だから」の前に付随された、コールスリ家の血筋。
 これがアルトダ家から選ばれた理由だったのだろう、と今になって思う。
 良い子だから、という理由で子供を別の家へ売る親はいない。
 だが、当時はそんな憎しみも、前の両親への渇愛もなかった。
 ただ、自分がアルトダ家の人間になる事、家の名に恥じない人物になる事に、生きがいを求めるしかなかった。
 昔の名前を無理やり捨てられ、新しくつくられた『アルトダ・ガフィルダ』として、生きるために。

 昔の名前はもう覚えていない。
 これが実の母から与えられた名前であったならば、 あの時、忘れようとした自分が憎くて仕方ない。



 最初に引き取られた家と違い、アルトダ家は常に高い理想を求めていた。
 アルトダ家には男子がなく、養子を取ったのも跡継ぎをつくるためだった。
 その新しい両親の期待に答えようとするように、私は必死で何もかもを覚え、与えられる全てのものを、期待通りにこなした。
 周りは顔の違う人間ばかり。ずっと独りで、まるで冷たい牢獄の中で過ごしているような生活。
 由緒正しいアルトダ家の中で、流れている血が違うという深い溝を、 彼等は無慈悲な教育で補おうとしていた。
 怖かったのだろう、と今になって感じている。
 自分達の家を守るために必死だったのだろう、と。



 何が大切なのか。
 人が生きていく中で、何が一番大切なのだろう。
 安全に暮らせる家か、穏やかで美しいハープの音色か、威厳ある両親か。
 受け入れなければならない現実の中には、その全てがそろっている。
 何不自由しない生活。
 自分が『アルトダ・ガフィルダ』として認められれば、何の苦労もせずに済む。
 そう考えて、全てを受け入れようとしていた時に、偶然にも知ってしまった。

 本当の母と兄が、ダナヤ城にいるという事を。



 カシャン…と銀のスプーンが音を立ててスープ皿に沈んだ。
 その波紋の中に、呆然と目を見開いている青年の姿が映る。
「…食事中だぞ」
 厳格な男の声が食堂に小さく響いた。
「し、失礼しました……」
 青年は慌てて意識を手元に戻し、スプーンを持ち直そうとする。だが、一度向けられた意識は両親達から戻ろうとはしなかった。
「……」
 顔色をうかがいながら、青年・ガフィルダは養父の言葉を心の中で繰り返していた。
 ずっと考えていなかった自分が生まれた本当の家の事。
 まさかその事が養父の口から出るとは、ガフィルダには思いもよらなかったのだ。
「そうですわね。確か皇太子殿下はガフィルダと同い年でいらしたかしら…」
 養母がそう言ってガフィルダを見つめる。
「……」
「コールスリ家の長男は何と言ったか……。カルナラ……コールスリ・カルナラか」
「!」
 初めて聞いたその名に、ガフィルダの心臓が強く鳴った。
 養親にも聞こえたのではないかという程のその大きな鼓動を抑えようと、自然に手が胸元へ行く。
「カルナラ……。父上! カルナラ…って…!」
 震えた声が出る。
「…お前の兄にあたる人物だ」
「!」
 少し不機嫌そうな養父の顔に、その言葉が真実である事を確信した。刻まれている眉間のしわが、より一層際立って見える。
「皇太子殿下の教育も全て任されているそうだな」
「ええ…。コールスリ家は王家から絶対の信頼を得ていますから……」
 眉をひそめ、ささやき合う養親。
 その顔を見ると、いつもガフィルダは怒られるのではないかと体を強ばらせていたのだが、この時ばかりは違った。
 王家に仕えているという事は、ダナヤ城に行けば会えるかもしれない。
 自分が知らない、母や兄に。
「ガフィルダ」
「…え?」
 突然養父に名を呼ばれ、ガフィルダは顔を上げた。
「お前ならば、どこへ出してもアルトダ家の名に恥ずかしくないぞ」
「…父上?」
 養父の顔には微かな笑みが浮かんでいた。満足げに、目の前に座る息子を見つめている。
 まるで、自分の育て方を褒めるように。
「ええ。あなたはとても良い子」
 嬉しそうな養母の高い声。
「お前は立派なアルトダ家の跡取り、私の息子だ」
「……」
 今までガフィルダは「アルトダ家」という響きに打ちつけられ、それに順応しようとしてきた。
 何も考えず、養親の言う事、望む事に従ってきた。それが自分の現実だと思っていた。
 だが、今は違う。
 いつまでも兄の名が、そして最初に聞いた母の名が頭から離れない。
 生まれてすぐに引き離されたのだ、懐かしさといった類の感情は感じられない。
 しかし、心は確実に躍っていた。
 養父が言ったほんのわずかな言葉だけで、自分の胸がこんなに高鳴るのが信じられない。

――会いたい

 ガフィルダをつき動かしたのは、ただそれだけだった。
 自分と同じ血が流れた人間はどんな人物なのだろう。
 よくよく考えれば、自分は皇太子殿下とも血が繋がっている事になる。
 その皇太子殿下のそばで、実の母は、実の兄は、どういう生活を送っているのだろうか。
 一目でいい、養父に反対されてもいい。

――ただ…会いたい


 高価な絨毯が敷かれた廊下を、足早に駆ける音が聞こえる。
 その音はガフィルダの心を、心臓の鼓動を表現しているようだった。
「…父上!」
 書斎のドアを開け、ガフィルダが部屋の主へ近寄る。
「お願いがございます…!」
 強く向けられた瞳は真剣さを示し、そのきつく結ばれた口元は意思の強さを物語っていた。
「……」
 養父はその顔へ険しい視線を返す。

 そして、深く頷いた。



 初めて素直に、感謝の気持ちを抱いたのかもしれない。
 養父は無理やりともいえる方法で、自分を王家へ紹介してくれた。
 それはアルトダ家の名を上げる策略のひとつだったのだろう。
 だが、それでもよかった。
 城へ行く事ができて、共に育つはずであった母や兄に会えるのならば。

 こんなにも心を惹かれた事はなかっただろう。
 自分自身にさえも関心を持てなかったのに、 今は城へ行ける事に対して、大きな期待と不安を抱いている。
 抑えられていた感情がやっと外へ解放されるような、不思議な感覚だった。
 感情を押し殺しているという事にさえも、気付いていなかったのかもしれない。
 この冷たい"何か"から解放される。そう考えていたのかもしれない。

 無意識に、あたたかい"何か"を求めて。



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