二つのプレゼント

  
 後ろの髪の毛がツンツンと飛び跳ねた大きな男がシザークの前に棒立ちになっている。
「誕生日おめでとう」
 シザークから渡された包みを左脇に抱えると、男は(うやうや)しく深く礼をした。
 国王陛下自らが、この男のような一般人を城に呼んで贈り物をするなどという事は珍しい。
 
「ありがとうございます。わざわざ私の為に」
「いや、誕生日祝いは口実。訊きたい事があって」
「はぃ?」
「ナスタ、どこ行ったんだ? 知らないか?」
 
 なんだ。と、さっきまでの緊張をほぐして、男は肩をすくめる。
 陛下から呼び出されたとあって、朝から一応ドキドキはしていたらしい。
 専属の掃除人の職をナスタに解雇されてから、城の中に入るのも久しぶり。更に国王陛下に城の中で謁見するなんて、一般人のこの男には到底有り得ない光栄だった。
 失礼のないよう、頭の中でセリフを整理してから口にする。
「ナスタ様がいらっしゃらないんですか?」
「別邸に居ないんだ。まあ、大の大人が一日二日家を空けたって心配しなくてもいいんだろうけど、一応、王族だしさ。で、ナスタと仲が良いって聞いたから、お前――えーと、名前……」
「……」
「ま、いいや。お前に訊いたらいいんじゃないかとナスタの執事が言ってたから」
 
 ――俺の名前なんてどうでもいいんですね。
 
 男はナスタから、この弟の話を、ちょっとだけ聞いていた。あと、一度会ったアシュレイ殿下からも。
 ナスタがシザークの話をするのは、彼への苦言めいた事ばかりだ。だから参考にならない。
 アシュレイ殿下の話の方がよっぽどわかりやすい。殿下の話から推測すると、とにかく愛情深い人物のようだ、とは思っていたのだが。
 それはどうやら身内に対してだけらしい。
 
 ――まぁ、国王が国民一人一人に愛情注ぎまくってたら、あっと言う間に精魂疲れ果ててしまうんだろうけど。
 
 と、ナスタととてもよく似たシザークの顔をまじまじと見ながら考えていると、急にシザークが椅子から立って男の方に歩いてきた。
「何かわかったら連絡してくれないか。これ、オレに直通の連絡記号」
 シザークが男に九桁の数字と文字の書かれた紙を渡す。
「?」
「これを手紙の上の方に書いておくと、どこも経由されないでオレにすぐ届くから」
「あ、はい」
 
 へぇ。そんな大事なもの、いいんだろうか……と、男は意外な気持ちで紙を胸ポケットにしまった。

「それさ、今回だけでなくていいから。ナスタについて何か気づいた事があったら、教えてくれないか」
「え?」
「ナスタ、護衛もつけずに一人で出歩くだろう?」
「……でも、必ず誰かがこっそり付いて来てますが」
「はは。バレてた? ナスタも知ってるんだろうな」
「陛下が?」
「ああ。やっぱり心配でさ。それくらいはさせて欲しいよ」
 
 少し呆れたような顔をするシザークの顔は、それでもとても優しい。
 しかし、男はやはりムッとした。
 
「俺……いや、私とナスタ様が会う時までついて来られると、やはり困るんですが」
「なんで」
「なんでって……デートですし」
「デ……」
 目を丸くするシザークの顔も、驚いた時のナスタにそっくりだと思った。
「付き合ってるっていう事? ナスタと?」
「ナスタ様からお聞きでないなら、違うんでしょう」
「……ナスタが言うわけないよ。逆に真実味があるな。へえ……いつから?」
「プライベートな事なので言いたくないのですが」
 シザークはクスっと笑った。
「言い出したの、そっちだろう。答えろ」
 
 いつか見た表情。
 ああ、戴冠式の時だ、と男は思い当たる。
 ナスタは大抵、物憂げな顔をしている時が多く、男は、ナスタが自分の興味のある事に遭遇した時の生き生きとした姿を見るのが楽しみだった。
 目の前の国王は、いつも温和に微笑んでいるイメージが強いが、時折、今みたいに信念を持ったような挑戦的な視線をする。
 もう少し若い頃は、確か、やんちゃな顔も見せていたはずだ。
 よく見れば、最初に会った子どもの時の彼とは比べ物にならないくらい、スタイルも良くなっている。
 背も、気づけばナスタより高くなっているようだ。あんなにナスタの後を追いかけていた彼も随分と大人になったんだなぁと感慨深く観察を続けた。
 男のすぐ目の前にある、ナスタより明るい色のプラチナブロンドの髪はふわふわと長めに伸びている。
 青と紫の微妙な色合いの瞳の輝きからは意思の強さを感じた。まるで大型の猫のような印象を受ける。
 
「答えは?」
 男が返事をしないので、シザークが繰り返した。
 シザークに見とれていた男は、我に返って答えた。
「あ。戦後、から」
「ふーん。長いなぁ。よく続いてるな」
「え?」
「あのナスタと」
「……」
 シザークは、男に手を差し出した。
「え?」
 戸惑う男の手を取り、自分の手に付けてぎゅっと握る。
 
「ナスタをこれからもよろしく。お前が居るからナスタも助かってるみたいだし、オレも安心できるかも」
 
 シザークに握られた手が熱い。
 部屋の中には二人だけで、人目を気にすることもないが、国王の両手が自分の手を握っている事実に、男はやはり慌てた。
 
「よ、ろしくって」
「くれぐれも」
 急にシザークが、それまでの親しげな様子から強い口調に変えた。
「ナスタを不幸にしないように」
 その口調のまま、にっこり微笑む。
「ま、お前もナスタも大人だからな。どうしろってわけでもないけど」
「……陛下が、認めるって言う事ですか?」
「ナスタが飽きるまで、付き合ってやってくれ。色々と面倒な事が起こったら、遠慮なく言ってくるといい。力になるよ」

 ナスタが飽きるまで――
 男は嘲笑した。シザークを見下ろし、厭味を込めて言う。
「死ぬまで付き合える自信があります」
「そうだな」
 あっさりシザークは返した。
 拍子抜けした男は、次の言葉を失う。
「あのナスタとそれだけ長く付き合えるって事が奇跡だ。お前はすごい」
 ようやく手を離し、シザークは あはは、と笑いながら背を向けた。先に謁見室から出て行こうとドアに向かい、男の方に振り向く。
 
「時間取らせて悪かったな。帰っていい。ナスタに伝えてくれ」
「はい」
「外泊は程々にしてくれって。護衛の苦労も考えてくれよって」
 
 ――なんだ、結局……
 知っていたのか。ナスタさんが、今、俺の部屋に居る事。
 
 男は、シザークの背中を見ながら笑いをこぼした。
 全部知ってて、試されてたのか。
 この弟に。
 
 男は城門を出てすぐの坂の上で、城下をぐるっと見渡した。
「あのエリアは、未開拓。今度は港の方にも足を伸ばしてみるか……」
 誰にも頼らず開業した今の仕事。ようやく軌道に乗ってきた営業もだいぶ広範囲になってきた。
「そろそろ、従業員、欲しいな。……男だとマズいかな、やっぱ」
 ナスタの顔を思い浮かべる。
 そして胸ポケットに手を当て、中のメモの存在を確認する。
 
「いい誕生日プレゼントになった」
 
 
 
 男が部屋に戻ると、ナスタの姿は既にない。
「もー。すぐ帰るから待っててって言ったのに。短気だなぁ」
 机にメモが置いてあった。次に会える予定の日付。
「いつも、こっちが合わせてばっかりだな。その日も仕事、あるんですけど」
 本気でない溜息をついて、シザークから貰った包みを開ける。
「あ」
 草模様の彫りの入った重厚な額縁の中に収められていたのは。
「『ダナヤ城公式清掃員として、貴殿の会社を任命する……』」
 
 これは、コネ、という事になるのだろうか。
 自分も一人の男。プライドがあるから、ナスタの力も借りずに今まで頑張ってきたのだが……
 
 首を振った。
 兄を頼むと言った、あのシザークの心中を考える。
 
「ご褒美と思おう。俺、色々頑張ってきたし、きっとこれからも、ナスタさんに苦労させられるし」
 
 シザークのメモの上に、ナスタのメモを重ねてコルクボードに貼る。
 王家御用達の称号の額を事務所の壁に掛けよう、と思いながら、男は仕事に戻っていった。
 
 


〜終わり〜
(2007.9.21)


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