「あ……ん、やぁ」
真っ赤な壁の部屋の中に、俺の喘ぎ声が響く。
二人分の人の重みとその激しい動きに、まるで不平でも言っているかのごとく、ベッドがギシギシと
軋んだ。
「
夏。・・・・・・
夏希」
「あ、んんっ。
勇士ぃ、イイよぅ」
真っ赤な部屋の真っ赤なリネンのベッドで、俺は勇士に抱かれていた。
堂本 勇士。
二十歳。 俺が今、付き合っている男。
百八十を軽く超える長身に、日焼けした肌がカッコいい。
高一の時に知り合い、卒業式の直後に
告られた。
『森山。ずっと好きだったんだ』
校舎の裏へ俺を呼び出した勇士は、唐突にそう言った。
言われた言葉に思わず呆然と見上げる俺を、ひどく真剣な顔で見てた。
『堂本って、
ノンケじゃなかったっけ?』
勇士の付き合う相手はいつも女だったし、俺には関係ないと思っていたから気にした事はなかった。
それに自分の性癖も隠していたのに……。
けれど何故か、勇士には気づかれていたらしい。
まあでも、どうせすぐ飽きるだろうと思って、
『じゃあ、お友達から始めよう?』
なんて、おれも素っ頓狂な事を言ったんだ。
それから2年。よく続いてるものだと思う。
「夏希。好きだっ」
「ん、勇士ぃ」
この男はよく俺に好きだと言う。セックスの最中だけじゃなく、いつも、どんな時でも、好きだ、と言う。
だから試してやろうかな。今日は記念日だからね。
そう、記念日。
俺と勇士が初めてセックスした日。
だから勇士が、一緒に食事をして一緒に泊まろうと、このオシャレなホテルを予約してくれた。
オシャレで有名なラブホテルの一室。
通称、
――
真紅の部屋 ――
ドアも壁も
絨毯も、ベッドのリネンすら、すべてが
紅で
揃えられた、
紅だけの部屋。
この部屋には、『満月の夜に泊まると、そのカップルは永遠に結ばれる』 なんていう嘘っぽいジンクスがあるらしい。
だからこの部屋は平日でも予約でいっぱいで、まして今夜みたいに、満月の日に取れたのは驚きだ。
勇士が言う記念日と満月の夜が重なったのにも驚いたけど。
それにしても、いったいいつから予約してたんだろ?
「んっ、勇士ぃ。もっとお」
俺の声に反応した勇士が、俺の中でさらに体積を増したのがわかる。熱い。
いつも、俺に見捨てられないかと心配ばかりしているくせに、それを表には出さない勇士。
でも、服を脱いでベッドに入ると豹変する勇士。
「勇士、熱いよ。んんっ、あ、っいぃ」
「夏希」
しっかり形を変えた俺のものから流れ出る液が、俺と勇士の腹を
濡らしている。
「夏。気持ちイイんだ?」
そう嬉しそうに訊きながら、勇士が俺のものに絡めた指を器用に動かす。
大きな勇士の手。
同じ男なのに俺と比べても随分と違う。
勇士の手は、バスケのボールを片手で軽く握ってしまえるほど大きくて力がある。
男の手を綺麗なんて思うのは変だけど、指の一本一本がするりと長くて、形がいい。
この指で身体をなでられるとほんとに気持ちが良くて、何も考えられなくなる。
「んっ、勇士っ」
勇士の親指が、俺の先端から出る液をくるくるとマッサージするように広げた。
そのまま、そのぬめりを使ってイヤらしく指を
蠢かす。
「あ、勇士。も、イ く ・・・・・・」
「夏希っ」
俺の中で、ゴムをまとった勇士がビクビクと震え、その刺激に耐えかねた俺も自分を思い切り放った。
静かな部屋で携帯の振動がした。
ふと目を開けると、バスローブを着て俺の携帯を開いた勇士が、明かりの中でそれを見ていた。
「勇士! 俺の携帯っ・・・・・・」
なんちゃって、だ。
実は約束通りの時間に、友達からの着信。
そして、俺がそうさせるために目に付くところに置いておいた、パスワードを解除した携帯。
当然、気になるはず。
「田中からだった」
「勝手に出るなよっ勇士!」
「出てないよ。名前を確認しただけ」
そう言って、勇士が、手にした携帯をベッドに横たわる俺へ、渡して来る。
うん。解ってる。勇士は中身を盗み読みするような人間じゃない。だから俺も苦労するんだよ。
切なそうに目を
眇めた勇士が
「田中と、約束とか、……してたんじゃないよな?」
と言いながら、傍まで来てベッドに座り、横たわった俺にかけてくれていたシーツごと、俺を抱きしめようと体重をかけて来る。
この数か月伸ばし続けて肩より長くなった俺の髪を、勇士が愛おしそうに指ですいた。
何度も何度もなでるようにすいて、肩から首へと唇を
這わせる。
くすぐったさに笑ってしまいそうになって、俺は慌てて表情を引き締めた。
今ここで笑ったら、何もかも水の泡だ。
「なんでそんな事言う? 俺が他の奴と付き合ってても、それでもいいって言ったのは勇士じゃん」
付き合う事をOKした時に出した条件。
俺が誰か他の人間と寝ても、文句は一切ナシ。
だってあの頃は、俺はまだ勇士を好きになってなかったから。
「夏」
「それとも、そんな俺は嫌なの?」
「夏希。そうじゃない、俺はただ・・・・・・」
うん。そうだね。勇士は俺を離したくなくて、俺を他の奴に取られたくないだけだよね。
でもね、勇士・・・・・・。
「勇士。俺と付き合う条件は飲めなかったの?」
まるで、それなら「要らない」と言わんばかりに、俺は本心を隠して勇士を見つめた。
「違うっ! そうじゃない! ただっ……」
俺は勇士の言葉が終わらないうちに、さっさとベッドから降りた。
「夏!」
絨毯のうえにあちこち散らばっている服を
掴んで身に着け、そのまま廊下へ続くドアへと向かった。
「夏っ!」
慌てた勇士が自分も急いで服を着ながら、でも切羽詰まった顔でドアの近くへ追って来た。
おもしろい。いつもは落ち着いてるふりで、俺のする事を黙って見ているだけなのに……。
俺は外へ飛び出すふりで、ドアノブに手をかけた。
どうする? 勇士。
俺が出て行くのを許す? それとも……
「夏希! 待ってくれっ」
勇士が俺にすがりつく。俺を背中から抱き締めて、俺の首に舌を
這わせた。
「んっ・・・・・・勇士」
「俺はただ、夏希を誰にも盗られたくないだけだ」
ああ、やっぱりね。
解っていても、心で感じても、言葉で言わせるのはやっぱり快感。
女みたいな名前してても女じゃないから、「好きだって言って」 なんて簡単には言えないし、「熱い言葉」 なんてねだれない。
それに、「本当はすごく愛してる」 なんて、簡単には言えない。
「あうっ。勇士。いた、い」
勇士が俺を後ろから抱き締めたまま、首筋を
噛んだ。
「夏希。……夏希っ」
「勇士」
後から抱き締める手が俺の身体を
這う。
まるで何かを確かめるように。
俺が自分の前から消えてしまうのを恐れるように。
そうだね。しっかり確認してよ。勇士。
いまにその想いがもっとずっと重いものに変化するから。
もう少し足りないけれど、……ほんの後少しだけ。でも……
近づいては来てるから、じゃあ、ご
褒美に良い事を教えてあげるね勇士。
「じゃあ、お願い。他の奴を見ないで。他の奴に笑いかけないで。いつでも俺だけ見て、俺だけを愛してよ」
「夏希っ」
「そうしたら俺はきっとずっと勇士だけ好きになるから」
そんなふうに切なげに、俺は勇士の眼を見つめて言った。
勇士の瞳の中にある影、チラチラと燃えている青い炎が、ほんの後少しで大きな赤い炎に変わる。
「夏。……夏希っ。好きなんだ。本気でっ」
「うん。勇士」
でも後少し。もう少し。
「ねえ。勇士。……もう一度、して?」
俺は
呟く。
そうして勇士が俺を抱く腕に力をこめた。
「夏希」
少しずつベッドへ移動しながら、お互い中途半端に着込んだ服をもどかしげに脱ぎ落とした。
ばさっと音がしてまた
絨毯のうえに二人の服が
散乱する。
きちんとハンガーにかけたいとこだけど、いまは無理か……。
もう二人とも、お互いのものが形を変えて来てる事に気づいてる。
こんなところで止められない。
俺と勇士の密着した唇から、ぴちゃっと
卑猥な水音がした。
「んっ……。ふっ。ゆう、しぃ。ああっ、イイ。勇士の唇、気持ちイイ」
「夏」
勇士が音を立てて角度を変え、深く俺の唇を
塞ぎ直して、痛いほどに舌を絡ませて来た。
感覚が無くなるほど
貪られたあと、ようやく勇士は俺の舌を解放した。
そして、胸へとその唇を落として行く。
「夏希。俺から離れないでくれっ。他のやつなんかに……」
うん。もっとちゃんと言って。勇士。
そう。そして俺は勇士を絡め取る。
俺だけに捕らわれて、俺から離れられないように。
俺は勇士を離さない。離れない。
こうして絡め取って、決して逃がしたりしない。
まだ今は言わないけど、勇士が思うよりも俺は勇士が好きだと思うよ。
いまはまだ言えないけど……。
いつか、勇士の想いが恋から愛に変わった時に、本気で俺を愛した時に、俺の本当の気持ちを教えてあげるよ。
この部屋の赤い壁を見ながら、俺は勇士の背中をきつく抱いた。
注意:このストーリーはフィクションです。実際の建物等とはまったく関係ありません。
また、赤い部屋についての「ジンクス」も作者の想像にすぎない事をご了承下さい。