「竜棲星-ドラゴンズプラネット」二次創作小説
制作--文月様

伍長執務室のすぐそばに、小さなテラスがある。ある晴れた午後、そこのテーブル席でアルトダと同僚の女性は紅茶を飲んでいた。
二つ並んだ白いティーカップから揺らめく、湯気と良い香り。
「お菓子も持ってくればよかったですね」
一口紅茶を飲んだアルトダが、自然な笑顔で女性へと声をかけた。
「そ、そうですね」
女性は少しぎこちない笑顔で相づちを打ち、自分の手元のカップに視線を落とす。
この行動の不審さはアルトダへの悪意ではなく、逆に、好意だ。
向かいに座っているアルトダの、紅茶を口にする動作を見ては、彼女はしきりに顔を赤らめていた。
彼女がアルトダのどこに好意を持っているかといえば…。
清涼感のあるスーツ姿や、温和そうな顔立ち。仕事に対する熱意や、周囲に対する優しさ。
今はカップの縁を彩っているが、業務時にはペンを走らせている細くて長い指。
言ってしまえば、ほとんど全てだった。全てが好き。
しかし、アルトダには秘密にされている部分も多い。
女のカンか、彼女もその事に薄々気付いているようで、その部分を知ってしまう日が来るのではないかと少し恐い気持ちもある。
だが、そんな事よりも"アルトダ伍長としての彼が好き"という気持ちの方が強いのだった。
そして今日も、彼と共に休憩時間を満喫している。いつもは他の同僚もいるのだが、今日は二人きり。
「…」
女性が無言でアルトダの表情を見つめる。
アルトダは美味しい紅茶にご満悦のようだ。優しそうに目を細めて、辺りの小さな庭に咲いた花々を眺めている。
今日のこの時。彼女にとっては、アルトダとの距離を縮める絶好のチャンス。
だったのだが……。

「アルトダ!ここにいたか!」

突然に、優雅な時間を切り裂くような叫び声。
アルトダ達が驚いて声のした方へ向くと、そこにいたのはSPのフィズ准尉だった。
「フィズ准尉?」
「大変だ、アルトダ。すぐ来てくれ!」
首を傾げるアルトダに、制服姿のフィズが駆け寄る。
彼の顔は真剣そのもので、その表情を見たアルトダも同僚の女性も、自然と険しい顔つきになる。
城の警備を担当するSPが駆けつける事態だ。何か不穏な出来事があったに違いない。
「ど、どうされました?!」
アルトダは椅子を引き、その場へ立ち上がった。
続けて、女性の方も同じような動作をする。
ちらりとアルトダの横顔を見て、この事態に不謹慎ながら、真剣な眼差しのアルトダにも心が揺れ動いてしまった。
いや、実際には不謹慎でも何でもない。
不謹慎なのは、どちらかというとこの人物なのだから。

「ナスタ様が…っ!ナスタ様が………              優しくなった!!」


「………え?」





『ナスタ様が優しくなった日』








―ナスタの執務室。

 アルトダがフィズと共にナスタの執務室に飛び込んできた時、部屋の主は丁度、デスクの前に立ち尽くしていた。
ドアに背を向けているため、その表情はアルトダ達にはわからない。
「ナスタ様!」
思わず声をかけたアルトダだったが、まさか「お優しくなられたなんて…どうされました?!」なんて言葉もかけられない。
それでは普段、優しくないと言っているようなものだ。
「えっと…」
アルトダが次の言葉に迷っている最中も、ナスタが振り返る事はない。
その反応を不審に感じたフィズは、部屋の中央へと歩み寄ると、ナスタの肩に軽く手をかけた。
「ナスタ様?」
「あ…フィズ」
振り返ったナスタから、そんな覇気のない声が上がる。
アルトダはその表情を確認し、心の中で思った。
確かに、フィズが言ったとおりだ。ナスタの表情は普段よりもやや穏やかな気がする。
詳しくはアルトダ自身もわからなかったが、目元も口元も、どこか威厳というのか、活気というのか、そういうものに欠けていた。
「まだあの…"体調"は治っていないんですか?」
少し苦い笑みを浮かべながらフィズが尋ねる。
ナスタの機嫌を"体調"というのはいかがなものか…と心の中で呟いたものの、アルトダもフィズに続けて口を開いた。
「お元気がなさそうですけれども…ナスタ様」
それを言われたナスタの方は、少し戸惑っている様子をみせている。
「あ、あぁ…どう言おうかな…」
ナスタは軽く髪をかいてから、困り果てたような瞳で二人を見つめ、ため息をついた。
「フィズ…とアルトダ伍長。相談があるんだけど…」
「え?」
真っ先に声を出したのはアルトダだった。どうやら、彼はナスタの"違和感"に気付いたようだ。
「私は…やはり"ナスタ様"に見えますか?」
「なにを言ってるんです。どう見たってナスタ様じゃないですか!」
フィズが口をへの字に曲げてそう答える。ちなみに本人には聞こえないように"寝ぼけてんですか?"とも言っていた。
「……」
それにナスタは両肩を下げて、再びため息。片手をデスクの上へ置くと、今度はアルトダへと視線を向けた。
「アルトダ伍長は?」
「…」
アルトダがじーっとナスタを凝視する。その眉を下げ、いかにも申し訳なさそうにした表情に、彼はたった今思いついた人物の名を口にした。
「コールスリ准尉?」
ぽつりと言った彼の言葉に、ナスタの表情が一気に晴れる。
「よかった!伍長にはわかりましたか」
「はぁ?」
ナスタとアルトダの間で交わされた会話に、フィズが首を傾げている。
名を言ったアルトダ自身も怪訝そうな顔をしていたが、次にナスタが言った言葉で、二人はより困惑する事となった。
「今朝。起きたら…私がなぜか"ナスタ様"になっていて」
「え゛。じゃ、じゃああの…俺達の目の前にいるアナタは…」

「准尉のコールスリ・カルナラ…のはずなんだけど」

どう見てもナスタにしか見えないその人物は、驚く二人の前で、ただ苦笑いを浮かべていた。


 アルトダの脳裏に浮かぶ、ある疑問。
それは"本物の准尉は、今どうなっているのだろうか"というもの。
もしも彼の最悪の予想が最悪にも当たっていたならば…恐らく、シザークの部屋は最悪な事になっているだろう。
"最悪"という言葉を頭の中で多用しながらも、アルトダとフィズはシザークの部屋へと足を運ぶ事になった。
もっとも、フィズは廊下を走りながらその考えを見事に口に出していたが。

「本物のカルナラがナスタ様だったら…最悪だぞ」


    ―この騒動より少し前。

  「おはようございます、シザーク様」
  ベッドへ向けて頭を垂れるそのSPは、いつも通りの様子だった。
  ただ少し違うのは、いつもの穏やかな瞳がやや大きく開かれている事。
  しかし背を向けていたシザークが、その変化に気付く気配はなかった。
  「ああ、おはよう。今日の予定だけどさ…」
  窓の外を見つめながら、ベッドに腰を下ろしたシザークが何気なく相手へ声をかける。
  「…はい。何でしょうか?」
  満面の笑み、というのか。制服姿のそのSPはいやに嬉しそうな笑みを浮かべていた。
  「午後、オレ空いてる?一緒に街まで付き合って欲しいんだけど…カルナ」
  言葉の途中で振り返ったシザークが、SP―カルナラの表情に一瞬だけ固まる。

  「ああ…空いているぞ。シザーク」

  彼の深緑の瞳は、漆黒から緋色へと変化を遂げていた。



 シザークの部屋へ向かう途中で、アルトダはナスタへ感じた"違和感"の理由にようやく辿り着いた。
ナスタの瞳の色である。鮮やかな紅色が、今日は微かだがかすんで見えていたのだ。
今になれば、それがカルナラの瞳の色と混ざっていた事が原因だったのだとわかる。
だが今でも理解ができないのは、"なぜ、カルナラがナスタになってしまったのか"であった。
その原因さえつかめれば…。

「シザーク様!緊急事態なんで勝手に入りますっ!」
フィズがノックもなしに部屋のドアを開け放つ。
結果を言ってしまうと…"最悪"だった。
「げ!!」
室内の光景を、フィズが大きな叫び声で表している。
「フィズ准尉!た、助けて…ってか助けろ!」
シザークはフィズ達を見るや否な、すぐにドア付近へと駆け寄ってきた。
「カルナラが…っ!カルナラが変!!」
と、彼がやや涙目になりながら左手でフィズの襟元を強引につかみ、右手で自室の奥を指す。
「わぅ」 「え」
これ等はシザークが指した方向を見たフィズとアルトダのつまった声だ。
二人の視線の先には、窓枠に腰を下ろしたカルナラがいた。
彼はジャケットも白のシャツも前ボタンを開け払って着ており、その首元にはシルバーチェーンのネックレスまで見える。
片足を窓枠に乗せ、もう片方は軽く下へ投げ出されていた。
いつもの彼からは想像もつかないような制服の着方と、態度。そして表情。
そのカルナラの瞳には、うっすらと紅色の光が宿っていた。
「助けを求めるとは、シザークも冷たいな」
カルナラの口から、これまた信じられない口調が飛び出す。
前髪を軽くかき上げて笑うカルナラは、妖艶なほどの顔つきでシザークと他二人を見つめていた。
いつもは漂っていない一種独特の"色気"が、今日の彼には漂っているのだ。
フィズとアルトダはそれに絶句しているようだった。
「だ、だって!今日のカルナラ、なんか変だって!」
シザークが必死な表情でカルナラへ叫ぶ。
それにカルナラはわざとらしく肩を上げて笑った。
「変?それは心外だな。私はただお前に"愛"を教えてやろうとしているだけだ」
「アイ…藍…I…あい…AI…愛?」
フィズが不可解そうに首をひねるのと、アルトダが驚いて顔を赤くしたのを見て、カルナラは目を細め、悪戯っぽく微笑む。
その笑い方はカルナラ以外の"誰か"そのものである。
「そうだ。従順な従者が抱く、主への愛だ」
カルナラはそう言うと、窓から離れ、ゆっくりとシザークへ歩み寄ってきた。
「まさか…シザーク。このカルナラから○○も受けていないのか?」
「へっ?!」
「その様子だと△△△もまだのようだが…。ふっ、あのヘタレが」
「こりゃ完全に…予想的中」
片手で頭を押えながらフィズが呟く。
「折角の機会だ。私が○○と△△△を教えてやろう。それから×××のやり方もな」
妖しげな笑みをたたえるカルナラの伸ばした手が、丁度シザークの頬へとかかったその時。
―「シザーク様!」
声と共に誰かが部屋へと飛び込んできた。その正体はナスタ(でも中身はカルナラ)だった。
「大丈夫ですか?」
心配そうに瞳を歪めて自分に駆け寄ってきたナスタ(でも中身はカルナラ)へ、シザークが微妙な表情をしてみせる。
「え、ナスタ。ど、どうして…」
「"どうして"って…貴方が心配で」
自分の姿の事もすっかり忘れ、ナスタ(でも中身はカルナラ―以降略―)が本音を口にする。
それにますます戸惑ったのはシザークである。
「ちょっ、ナスタがそんな事言わなくても!…うわっ鳥肌」
「変な事されていませんかっ?!」
「ナスタッ!や、優しすぎる!」
そんな二人のやり取りを、カルナラは腕を組みつつ、ただ傍観していた。
彼のその顔は"これから二人をどう苦しめてやろうか"と言っているようなものだ。
アルトダはカルナラとナスタを交互に見てはオロオロとしている。
フィズの方は、同僚の豹変振りに唖然としていた。
いくら事情を知ってて部屋に入ったとはいえ、ここまでカルナラが変わっているとは思わなかったのだろう。
「カルナラもナスタも、今日は一段とおかしいぞ?!」
「…」
凶悪なカルナラを前にオロオロとしていたアルトダだったが、シザークの混乱ぶりを見て、意を決したようだ。
「ナスタ様…ですね」
そう、アルトダがカルナラへ向けて口を開く。
「?」
きょとんとしたのはシザークの方だった。
カルナラは黙ったままアルトダを見つめ、自分へ真剣な目が向けられている事を知ると、ふっと軽く笑った。
「そうだ」
その言葉を聞いて、すぐさまシザークがそばにいるナスタへ声を上げる。
「じゃあこっちのナスタはっ?!」
「身体は私のものだが…中身はカルナラだ」
と、カルナラ(でも中身はナスタ)。
シザークは中身がカルナラであるナスタと、中身がナスタであるカルナラを交互に見つめる。
これで二人が変になった理由を、彼も理解できたわけだが…。
「び、微妙…」
こんな呟きがシザークの口から零れ落ちた。
「そうだろう?私の容姿はカルナラには勿体無い。猫に小判だ」
カルナラ(でも中身はナスタ―以降略―)がやや不機嫌そうな声と共に頷く。
すかさず反論したのはナスタであった。
「ナ、ナスタ様こそ!そんな露出度の高いSPはいませんよっ」
「気にするな。単なる趣味だ」(←二次創作者の)
「そ、それに私はシザーク様を困らせるような事はいたしません!」
「嘘付け。お前が一番困らせてるんだろうが」
「う…(自分の顔で言われるとキツい台詞だな…)」
「お、お二人とも…」
今にも口論が発展しそうな状況を、打破しようとしたのはアルトダだった。
「まずは、元に戻る方法を考えませんか?そのお姿のままでは不便でしょうし、も、戻れなくなったら大変ですよ!」
最後に"周囲の人間、特にシザーク様が"と小さくつけたし、アルトダが焦りながらも精一杯の苦笑をしてみせる。
「あ…」
ナスタはその言葉に表情を変え、アルトダへと顔を向ける。
しかし、カルナラの方は素直に賛同する気はないようだ。
「私はこの姿をまだ楽しんでいたいのだがな」
「ナスタ様。それ…いつも貴方が文句を言っている私の身体ですよ…」
「だから面白いんじゃないか」
カルナラはそう言いながらシャツのボタンを留めると、ジャケットは正さぬまま、部屋を出て行こうとドアへ歩み寄った。
「ど、どこへ向かうおつもりですかっ?!」
ナスタとアルトダが止めようとする中で、カルナラがニヤリと笑う。

「決まっているだろう。日頃忙しいカルナラのために、私がたっぷりと街で遊んで来てやる」


「あ、危なくて街へは出せませんよ!ナスタ様、今日一日は安静にお願いします!」(フィズ)

「コールスリ准尉の人柄を考えてください。ま、街で遊ぶような人ではないと思いますよっ」(アルトダ)

「どうか考え直してください(…きっと、よからぬウワサが立つ…)」(ナスタ・中身カルナラ)

「ナスタ!SPってのは勝手な行動はできないんだぞ!遊びに行くなら…オレもついて行く」(シザーク)

「…シザーク様まで何を言っているんですか」(ナスタ・中身カルナラ)


 この後、街で豪遊を実行したカルナラ(でも中身はナスタ)と、国王代理としての仕事を全うしたナスタ(でも中身はカルナラ)。
 ナスタの方は周囲に好評だったが、カルナラの方はよからぬ方向で街中のウワサになってしまった…ようだ。
 
 そしてアルトダが必死に城中の資料という資料を探した甲斐もあって、この不可解な現象の正体もおぼろげながらつかむ事ができた。
 どうやら、"竜神"の祟り…らしい。
 詳しくはわからなかったが、以前にも王家の者と従者の間で、精神と肉体が入れ替わってしまったという事件があったようだ。
 このような現象は"竜神の些細な悪戯"と伝えられているのだが、真意ははっきりとしていなかった。
 ただ、一晩経てば問題なく元に戻るという事もわかったために、ナスタは心置きなくカルナラの身体を楽しんでいた…らしい。
 あくまで推測でしかないのは、ナスタがどのようにあの身体で遊び歩いたのかを知っている者が、城には誰一人としていなかったからである。
 一方のカルナラは、ナスタの身体になってしまったために外出もできず、責務に追われる一日を送る結果となった。
 こちらは真偽がはっきりしている。
 上層部は優しい物腰のナスタに、やや警戒気味だった…とか。
 



 こうして入れ替わり事件が一段落した次の日、アルトダはのんびりとした休憩時間を楽しんでいた。
今日もいつものテラスで、同僚の女性と二人、紅茶を満喫している。
しかし、そんな優雅な時間を台無しにするようなこの声が、再び聞こえる事となったのだった。

「アルトダ!ここにいたか!」

フィズが慌てた息遣いと汗を滲ませた表情で現れる。その登場の仕方は前回とほぼ変わっていない。
「…フィズ准尉」
アルトダはまたあのような事件が起こったのか、と、ため息を零しつつも、とりあえず、尋ねてみた。
「今度は…どうしたんですか?」



「セテ准将が…っ!准将が………              若返った!!」



どうやら、また別の"悪戯"が発生したらしい。
アルトダは紅茶を飲みながらしみじみと思った。―この城は今日も平和だ、と。




   そして、こんな平和がいつまでも…自分のまわりで続いてくれる事を、彼は心から願っている。




                                              FIN

スランプなのはわかっています(汗)

こんな話を考えていました(^^;)
一番は、ガーちゃんの事が書きたかったのと、あとは、ナスタさまのように笑うカルナラさんを書きたかったのです。
(趣味に走ってますね。お恥ずかしい…)
「ナスタさまは優しくない」という私が感じているイメージが全開(汗汗)
刺されそう…m(_ _;;)m

でもナスタさまも好きです(^^) 愛は入っています!!(多分)


大変遅れてしまいましたが、
りゅうかさま。100万ヒット、おめでとうございます(*^^*)
まったくおめでたくないストーリーではありますが(オチが微妙だし)
受け取って頂けると嬉しいですー。

Dragon's Planet Mania 文月様


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