春の嵐
春の嵐
オクトとタレンの後日談 BL18禁文章制作:たかだ
泥酔した巨体を抱えて、タレンはそれはもう必死の形相だったに違いない。
身長差、二十五センチ。
ただでさえ重いのに、意識を半分以上手放したオクトはタレンの手にあまる。
蹴っ飛ばして連れて行けるならばそうしていたであろう。
しかしそれをするほどタレンは人非人ではなく、ただ単に世話好きなのと、持ち前の責任感の強さと、それと……オクトに対して、情がかなりわいてしまっていること。
だから必死の思いで宿に連れて行ったのだ。
「確かあの宿だったよな」
素朴な造りの宿看板を目にし、タレンが呟く。
ヨイショとオクトを抱えなおし、もう少しだと自分に気合を入れた。
そんなタレンが、オクトにどうしても一緒に飲みに行こうと誘われ、そのあまりのしつこさに折れたのが二週間ほど前のことだ。
取り敢えず休みを申請しに行ったら、すんなりと二つ返事で通ってしまい、更にカルナラに世間話程度にどこかへ行くのかと問われた。
『マイルと飲みに行く』
と渋りながら答えると、案の定、変な顔をしながら書類にサインをしてくれた。
頭を下げた時に、隣の席のフィズが
「飲みに行くなら次の日も休みにしたほうがいいよ。酒臭いかもしれないし、二日酔いで仕事にならないと困るから」
なんて妙なアドバイスをするので、公休が余っていたこともあり、気を利かせた上司の配慮で一日のはずが連休になってしまった。
人手は足りるのかと心配するものの、
「ぺいぺいのうちは長いものに巻かれとけ」
とさらにフィズが言うので、
「はあ……」
と気の抜けた返事を返し、詰め所を後にした。
「休みが取れた。しかも連休で」
と言うと、それはもう満面の笑みで
「実は自分も連休なんだ。どうせなら外に泊まりに行くか」
と手を打つ。
こういう顔をSPだったときは見たことがない。
色んな事件があって、配置換えがあって、成り行きみたいな形だったけどオクトと付き合うようになって、結果的によかったのかな、なんてつい口元がほころんだ。
宿に着くと、状況を察した主人が先に部屋に入れてくれた。
二つ並んだベッドの一つにオクトの身体を転がし、さっさと手続きを済ませてしまおうと一階に再び下りていく。
「大変でしたねぇ」
という主人の人の良い笑みに苦笑で答えた。
手続きをしながらふと考えるのはオクトのことだった。
(最初からガンガン飛ばしてたけど、なにかいいことがあったのかな)
しかし、どんなことがあってもペース配分はあるだろうに、とオクトが正気に戻ったら説教をしてやろうとちょっと思う。
部屋に戻ると、オクトはベッドに落としたままの形のままだったが、ぼんやりと目だけは開いていた。
ふわふわの髪がベッドに散っていて、凄いことになっている。
「起きたか?」
「……ごめん」
「ほんとだよ。お前もう少し考えて飲めよ」
喉が渇いただろ、と水を差し出すとオクトは手を伸ばす。
そして掴んだのはコップではなくタレンの手首だった。
「うわ、ちょ……」
こぼれる、と思い必死に力を込めて持ち堪えると、それを支えに起き上がってくる。
常に鍛えているSPのタレンだからそれは可能だったろうが、普通だったら二人で仲良く水浸しだろう。
「マイル、お前なぁ!」
「ありがとう」
「は?」
そのまま腕が胴に巻きつき、抱きしめられていると気付く。
コップを持った手が、所在なくウロウロとしている。
オクトが無言でいるので、なんとなく自分ばっかり喋っているのもアレだな、とタレンはいつもは見ることのない旋毛を見下ろし、左曲がり、なんてボーっと思った。
時々、
「寝てるんじゃないか?」
と声をかけると、すぐに
「寝てない」
とくぐもった声が返ってくる。
若干ぬるくなってきたコップの水を自分で飲み干し、そろそろこの格好に疲れてきた頃になって、ようやくオクトは顔を上げた。
視線がぶつかる。
「タレン」
「何だよ」
「……勃起した」
「……」
しばらく黙ってて、開口一番それかよ、と呆れる。
「おーまーえーなー」
「どうしたらいい? コレ」
「知るか! シャワーでも浴びて静めて来いよっ」
「タレンが抜いてくれないの?」
「するわけないだろ!」
額辺りを押して、
「離れてくれ」
とタレンが言うと「嫌だ」と返し、オクトは子供のように益々引っ付いてくる。
「……タレン」
「今度は何だよっ」
「今日、僕の誕生日なんだ……」
は?
それはあまりにも唐突過ぎて、タレンにはオクトが何を言っているか一瞬分からなかった。
「誕生日? 誰の?」
「僕の」
「四月八日?」
「そう」
オクトが頷くと、馬鹿野郎! と上から浴びせかけられた。
そのあまりの大きさに、隣の部屋から、ドン! と壁を叩かれる。
今は夜で、ここは宿だったと気付き首をすくめた。
そして早口の小声に切り替えてオクトを見た。
「なんで早く言わないんだよ」
「タレンが一緒に過ごしてくれるだけで満足だったから。本当は言うつもりなかったんだけど、傍で過ごしているうちに欲が出た……」
「気を遣う場所、間違えてるだろ? 一応さ、一応…その…付き合ってるんだから、そういうこと……」
語尾がゴニョゴニョと口篭る。
その唇を尖らせた姿にオクトは笑った。
蹴られたり、殴られたり、怒鳴られたり、色々とあるけれど、少しは自分の事を好きでいてくれているのだな、と嬉しくなる。
一緒にいるだけで、こんなにも暖かい気持ちになれるのか、と改めて思う。
「じゃあ、今から僕がシようって言ったら、シてくれる?」
「――っ!」
タレンの顔が瞬時に赤くなった。
「今日は僕の誕生日なんだから、それがタレンから僕への誕生日の贈り物ってことでさ」
「じ、自分を贈る馬鹿がどこにいるんだよっ」
「僕の目の前に」
一瞬大きな声を出しそうになった。
ハッと思い出して口に手をやったら、それを払いのけられて、オクトの唇に塞がれた。
「声が出そうになったら、こうして塞ぐ。恥ずかしいなら真っ暗にする。挿れるのが嫌だったらそれでもいい。今日はタレンを、少しでも感じたい」
ストレートな言葉に、タレンの目が回った。
「んぁ……」
首筋に触れる唇の感触に熱い吐息が漏れる。
たったそれだけの行為なのに、タレンは興奮していた。
酒のせいなのか、それとも、少し草臥れた宿で情事に入ってしまったことに、異様な興奮を覚えているのか……。
どちらかは分からない。ふたつとも違うのかもしれない。
ただ分かっていたのは、その行為は不快ではないということだけだった。
初めてのキスも、その次も、また次も……。
触れられること自体も嫌いではない。
ただ、その、その後の行為は……恐怖と、気恥ずかしさと、その他色々なものが混じり、一歩踏み出せないでいた。
オクトはその行為のことについて口では軽く言うものの、実際には無理な行動はせずにいて、多少なり自分を気遣い、あの時の事を後悔しているのだと知った。
「怖がらないでくれ」
耳元で囁かれるとぞわぞわとしたものが這う。
シャツのボタンを外されて、熱い指が肌を滑った。
「あ…んんんっ」
深く口付けられて、よりどころを探し後ろ襟を掴んだ。
一緒に髪の毛を掴んだようで、オクトが優しくそれを外しに掛かる。
「捕まるならこっち」
背中に手を回させて、右手でタレンのベルトに手をかけ、引き抜いた。
焦る声を唇で押しとどめて、あっという間に下着ごと引き下げる。
「んんーっ! んっ、んん!」
顔を背け逃げようとすると、舌が追いかけてきて再び覆う。
口付けとともに生気を抜かれているのではないかというほど、抗う気力が減退している。
クチュ……
触れられてもいないのに堅くなっている部分を擦られて、恥ずかしい水の音にクラクラした。
「マ…イル……」
「大丈夫。僕だってこんなんだ」
いつの間にか寛げていた自分の前をタレン自身に擦り合わせる。
堅く立ち上がったものを二つ、片手に収めると、オクトは同時にそれを擦った。
「君が嫌ならばこのまま二人で……」
「んんんっ」
限界は近い。
ぎゅっと閉じた目がチカチカとプリズムしている。
タレンの腰がそぞろに上がってくる。
ますます広い背中に抱きついて熱い息を漏らしていた。
「ウォレス……」
名前で呼ばれてぞくりときた。
「触るだけだったら、こっちもいい?」
どちらのものともいえない液体を指に採り、後ろに擦ると、タレンの身体がブルブルと震えた。
恐怖がよみがえったのだろう。
「触るだけだよ」
もう一度耳元で囁き、タレンがコクリと頷くまで辛抱強く待ち、
「きみが怖がることはもうしない」
と言いながら、後ろの窄まりをゆっくりと撫でた。
「あっ…あぁ、んぁ……」
愛撫するごとにタレン自身が震えて、ひどく感じていることが分かる。
むず痒い。
タレンの気持ちを一言で表すとこうだった。
もっと刺激が欲しくて、腰が揺れる。
イけそうで、イけない、もどかしさ。
「その腰エロいよ……もっとしてって誘ってるの?」
「ち、違っ……」
「だってこんなにイヤらしく動いてる」
もうこれ以上、上気しないと思っていた顔がますます熱くなった。
「挿れてもいい?」
「やっ、嫌だっ!」
「指だけだよ。挿れたらもっと気持ちよくしてあげられるから」
「でも……」
「大丈夫だから」
答えを待たずして、ゆっくりと中指を収めていく。
圧迫感と、排泄感。
決して気持ち良いとは言えない。
だけど、相手がオクトだと思うとなぜか耐えられると思った。
身長に比例する長い指が、タレンの落ち着きを見計らって動き出した。
ゆっくりと進んでは引いて、引いては進む。
「んっ、んんぁっ」
シャツ越しに爪を立ててきたタレンに、声をかけると、彼はゆっくりと目を開いた。
「痛くない?」
「……たくないけど、変……」
「痛かったらすぐに言って」
少し縮みつつある前を同時に擦りながら、また指を進めた。
「ひゃぅ……んっ」
前と後ろを同時に攻められて、生理的に涙が溢れた。
それを舌で舐め取られるだけで、いつの間にか裸に剥かれた背を仰け反らせる。
後ろを弄るために回された片腕でそれを受け止め、オクトはタレンのいいツボを探した。
「あっ」
唇が震えた。
ここか、と思い再び突っつくと、更に爪を立ててしがみ付いてくる。
「や、だ、そこ……」
「じゃあやめようか?」
意地悪く指を引き抜くと、後腔がヒクヒクと焦れた。
さっきの場所にもっと触れて欲しいと思う自分が恥ずかしく、顔が真っ赤になる。
そんなタレンの額を自分の肩に押し付け、顔を見えないようにしてやると、物欲しげな箇所に今度は二本付きたてた。
今日のタレンの身体は柔らかく、いつものように拒み排除するような動きが少ない。
(酒の影響か?)
オクトはそれはそれでラッキーだと口の端を吊り上げた。
「んんっ……ぜったい、ぜったい変だ……」
「タレン?」
「尻に……指突っ込まれて…気持ちいい…なんて思うのは変だ。俺、酔ってるんだっ」
うううっと目じりに涙を溜めているタレンは紛れもなく酔っているのだろう。
酒を飲んだ後に走ると酔いが回るというが、タレンは今までの行為で全速力で走っていた状態になってしまったようだ。
「変じゃない、変じゃないよ。だからもっと気持ちよくなってくれよ」
分泌液をさらに絡め、今度は指を増やして挿入する。
衝撃に一瞬身を硬くしたが、息を吐くごとにまた柔らかくほころび始めてくる。
タレンはおとなしく快感にゆだねたり、時折それを否定したりと慌しい。
そうこうしている間に、蕾は十分にとろけて、オクトの指を三本も四本も受け入れていた。
「あ…」
指を引き抜いてタレンの尻に手をかけた。
そのまま入り口を撫で擦ると、不満そうな声も次第に艶やかに変わる。
「挿れたい……」
吐息のように呟く。
こんなにイヤラシイ姿を見せ付けられてオクトももう限界だった。
「頼むよタレン。きみを感じたいんだ……」
この状態で、そんなに情熱的に請われて、断れるわけがなく……
タレンは向かい合ったままの形でオクトの首にしがみ付いていた。
オクトに完全に身を任せていた。
いつも恐れていた行為も、今日はなぜか受け入れられる気がしていた。
(そうか、俺って今までマイルをあまり信用していなかったのか)
どこか冷静にそう思う自分がいた。
腰をゆっくりと引きおろされて、熱く尖ったものが入り口にあたる。
「んんっ」
「ほら、息つめないで」
背中を撫ぜられて、ほっと息をつく。
「ゆっくり、いくから」
耳元の声に頷くと、自分の中をどんどんと大きなものが満たしていく。
「マ、イル……」
「オクトだ、ウォレス」
灼熱が自分の中を貫き、そして限界まで行くのを、ただぎゅっと首筋にしがみ付いて待った。
時折唇から声が漏れ、その声がオクトの情熱をさらに燃えさせる。
「痛みは?」
「あっ、あっ……たく、ないけど……熱い……」
「そうか」
少し嬉しそうな声にタレンは顔を上げた。
まっすぐな瞳が自分を見下ろしており、気恥ずかしくなる。
「好きだよ」
「う…うん……」
「俺も、って言ってくれないんだ?」
「……」
涙の目が見上げ、二、三度ほど言い淀む。
「俺は……惰性でこんなことする、男じゃない……」
「ウォレス」
笑いを含んだ唇が、不満そうに尖らせる、素直じゃない恋人の唇を覆った。
「動くよ」
ゆっくりと、傷つけないように腰を動かし始めた。
「んっんっ……」
声を唇で押さえ、ベッドのスプリングを利用してタレンの身体を揺する。
はだけたオクトの胸元の体毛がおそう、柔らかくくすぐったい感覚。
タレンはオクトオクトと頭をかき抱き、何度も掠れた声で呼ぶ。
それに答えるように、何度も額にべたりとへばりつく前髪をかき上げて、キスを送り、身体を優しく撫でた。
先ほど探し当てたツボを自分で擦ってやると、身体が跳ねた。
タレン自身も何度も震え、それ以上の快感を欲しがっている。
もっと長くタレンの中を味わっていたかった。
しかし、甘苦しい締め付けと、タレンの自分を呼ぶ声や切ない吐息にもう我慢が出来なかった。
トサッと恋人の身体を横たえると、自分が上になる。
すがっていたものがなくなり、不安そうな瞳で見上げるタレンの手に自分の手を絡めて、ここにいると頷く。
空いた手で刺激を欲しがるものを扱くと、後がぎゅっと締まり、あっという間に果てた。
全身で息をするタレンの足を抱えて腰を動かすと、息も絶え絶えなタレンが許しを請うてくる。
「ごめん、も……僕も」
ハッハッハッと短い息遣いだけが夜の部屋に響く。
最後に一度、大きくタレンを穿つと、オクトの動きが止まり――飛沫を身体の奥へ放出した。
我に返ったオクトは、うっかりと中に出してしまったことを後悔する。
腕の中の人はもうウトウトとしていた。
「ウォレス、その……」
「ごめ……明日にして……」
明日でも大丈夫だろうか、と眉間に深く皺を刻みつつ、下半身とシーツの間にタオルを一枚差し入れた。
「オクト……」
「ん?」
「セックスってさ、凄く疲れるんだな」
その後聞こえたのは、穏やかな寝息だった。
愛しい人が腕の中で眠っている。
誕生日の日を、焦がれた相手と迎えられた喜び。
あんなに嫌がっていた行為を、受け入れてくれた嬉しさ。
「日ごとに好きになるよ」
オクトは額にキスをし、自分も目を閉じる。
きっと明日は朝からタレンのお小言を食らうんだろうと、がっかりしつつも、それを嬉しく思いながら、あっという間に意識を手放した。
〜END〜
(08/4/8)