小悪魔って、何


「す、好きですっ」

 言えた!


 あああ、言っちゃった、言っちゃった!
 とうとう、やっと、言っちゃった〜〜〜〜〜!!
 一目惚れしたあの日から、今日でちょうど丸一年!
 告白しようと思い立って5ヶ月と29日!
 告白の文句を考えるのに2ヵ月と3日!
 せっかく間違えないように、猛特訓したのに何の甲斐も無くとちった挙句に一言しか言えなかったけど!
 僕はやりとげた!

 告白した相手は全校生徒の憧れの君、生徒会長・藤宮貴翔(ふじのみや たかと)先輩。
 1コ上の2年生で、歴史ある私立誠城高校の第99代目生徒会長。
 文武両道で藤宮財閥の三男でお金持ち。
 僕には想像もつかない雲の上のセレブらしいけど、別世界なのでよくわからない。とにかく皆の高嶺の花の人。
 もちろん、顔もすっごくイイ。
 切れ長の目に知的な眼鏡で、さらさらしてそうな綺麗な黒髪、端整な顔立ち。
 ああ、触ってみたい。
 眼鏡をすっと外す仕草にノックアウトされた女子も多いらしい。
 当然すっごくすっごく競争率が高い。

 それに引き換え、僕ってば男子だし、成績は並みだし、走るだけなら早いけどスポーツ全般に亀太郎でどんくさい。
 顔だけはメン喰いの母さんのおかげで、それなりと言われる。でも『カッコイイ』と言われるべき褒め言葉が、小さめサイズの身長のおかげで『可愛い』が多いのが悩みの種。
 だけど褒められたことに変わりは無いのだ。

 とは言え両思いなんて夢のまた夢の向こうで昼寝してる。
 だけど、やっぱり惚れたからには玉砕覚悟で男らしくチャレンジだ!
 ってワケで、考えた言葉の10分の1も言えてないけど、肝心の一言は言っちゃったよ〜!

 でも、きちんと目を見て言えなかったのが心残り。
 母さん、ごめん!
 せっかくの「誠心誠意の心得」、守れなかったけど、僕はやるだけやったよ!



「……それで?」
「え?」
 達成感に舞い上がった僕だったけど、返って来たのはいつもと変わらない藤宮先輩の冷静な声だった。

「え…と…、先輩が好きです。付き合ってください」
「つまらん。10点。お前の告白は今月の18人中、最下位」
「ええ〜〜!? 今月だけで18人もいるんですか!? それに最下位ってそんな酷いっ。僕、真剣に言ったのにっ」
 ライバルが多いのは覚悟の上だけど、まさかそんなにいたとは?! 
「真剣、ね。他の連中は真剣に『食べちゃってください』っていうオプション付きだったが。お前は何もナシか?」
 ふふん、と笑う顔も様になってて、ああ、うっとり……って、え、おぷしょん?

「あの〜ぅ、すみません、手土産はありません」
 何てことだ、他のみんなは告白の時にプレゼントも用意してたのか!
 そうだよな。やっぱり告白には、古今東西、真心こもった贈り物が付き物。
 それも食べ盛りの高校生男子への贈り物といったら、そりゃぁもちろん食べ物で決まりだ!
 だけど僕ときたら告白の練習に精一杯で、先輩の好物一つ知らない。
 ああっ。僕の馬鹿ばかっ。
「ますますつまらん。減点だな」
 ひえっ!?
 10点から減点されたら一桁だよっ。

「先輩の好物もわからないような出来損ないでごめんなさいっ。お願いします、先輩の好みを教えてくださいっ」
 言った途端に、先輩の瞳がきらりと光ってすっと細まった。
 うう、なんて綺麗。
 こんな眼差し、側で見れたなんてとっても幸せ。

「教えたらどうする? 俺好みにするって言うのか?」
「しますやります、言ってくれたら頑張って用意しますっ。お金がかかるのは無理だけど!」
 とてもじゃないけど、セレブ御用達の超高級品なんて用意できないし。
 なんて考えてたから、会話がきちんと噛み合ってないなんてちーっとも気づかなかった。

「ふぅん? 俺を優先して好みに合わせるって言うならギリギリ及第点をやろう。近頃我が強くて『食べて』って押し売りが多くて食傷気味だったからな」
「ええっ!? 食べすぎは身体に悪いですよっ。たまには粗食も身体にいいんですよ?」
 どこがツボだったのかわからなかったけど、僕の言い草に先輩は目を丸くして笑い出した。

「粗食、ね。いいだろう。試しにとりあえず1週間。ただし、1度で厭きる可能性が99%だが?」
 うひゃー、大変だ!
 たった一度のチャンスで先輩を満足させないといけない。失敗は出来ないって事だ。
「頑張って準備します! 1度でもチャンスがあるなんてラッキー! だから教えてください、先輩の一番の好み」
 にやりと片頬だけが笑みづくる。
 人相悪けりゃ悪党面になりそうな表情なのにぃ〜。
 先輩がやると、ちょっと悪そうな所が魅力をますます引き出して、あああ、何て絵になるんだろう!

 見とれてたら、その綺麗な顔がくいっと近づいた。
 違った。
 いつの間にか、僕の顎に先輩の爪まで美しく整った細い指先が掛かって引き寄せられていた。
 ち、ちちちち近いですっ。
 しかも、あう、この身長差で上向かせられるとちょっと苦しい。

「そうだな、クール系の小悪魔風……。お前から一番遠そうなタイプだな?」
 そう言って先輩は意地悪そうに笑ったけど、この365日で最も近い距離で見てしまった先輩のドアップと息苦しさに心臓がばくばくしてて、ちっとも耳に入ってこなかった。

「期限は1週間。放課後に生徒会室までおいで。1週間後に上手に俺を誘えたら、食べてやろう」

 うっとりぼんやりしていた僕を残して先輩は颯爽と立ち去った。




1日目

 昨日の夜は、接近距離未体験ゾーン突入の衝撃に脳の沸騰が治まらなくて冷却に一晩かかった。
 これが真夏だったら全身ゆでダコになるとこだった。危ない危ない。
 ああ、昨日の藤宮先輩、綺麗だったなぁ……なぁ……なぁ……

 はっ。いけない、また脳が溶けそうになるとこだった。
 こんなんじゃ駄目だ。今日も一日、はりきって藤宮先輩への告白練習に行くぞ〜!

 ……って、あれ?
 昨日、とうとう告白しちゃったって事は練習する必要はもう無いのか。
 うーん、どうしよう。
 ……そうだ! 
 やだなぁ、僕ってば忘れてたよ。今日から藤宮先輩の好物を探すんだったっけ。

 えーっと、藤宮先輩の好物好物……って……なんだったっけ……?

 うひゃーっ!?
 思い出せないっ!
 わ〜!? 僕の馬鹿ばか!
 そうだ、あの藤宮先輩の麗しいお顔拝見にうっとりしてる間に先輩、何か言ってた!
 がーん、聞き損ねた〜〜〜〜!
 どうしよう〜〜〜!


「…い、中島? おーい? 戻ってこーい」
「はっ!? 木原? いつの間に来たんだ」
 頭の中で絶体絶命に陥ってた僕を我に返らせてくれたのは、僕の親友、木原哲哉(きはら てつや)。
 木原はとても物知りだ。
『知りたい事は木原に聞け。わからなかったら木原に聞け。忘れた時は木原に聞け』
 これは僕の親友・木原哲哉の正しい三段活用。
 ああ、神様ありがとう。困ったときは友達頼み。

「中島、お前昨日とうとう夢の告白タイム本番迎えたって? おめでとう。で、もう喰われたのか、それとも1週間後?」
 ああ、神様ありがとう。
 この1年、ずっと僕の悩み相談室になってくれてた僕の親友は説明ナシでも事情通。
「ありがとう〜。ってそれどころじゃないんだ。肝心の、先輩の好みがわからないんだ」
 木原、僕が忘れちゃった藤宮先輩の好物教えてくれ。さぁ、今こそ君の真価を示す時!
「はあ? 何言ってんだ?」
「だから、昨日藤宮先輩の一番の好みを聞いたんだけど、先輩の顔アップがあまりに煌きすぎてて、先輩が何言ってたのか僕、聞いてなかった」
「……お前らしいっちゅうか、なんちゅうか……」
 木原は何故か頭を抱えた。何だよ、そんなに入手困難なものか?
 それとも、今回に限って木原にもわからない、とか。
 一瞬、前途多難な予感に不安を覚えたけど、木原はもったいぶらずに教えてくれた。

「俺が聞いたのは『藤宮さんが中島を一週間キープ』って話だけ」
「なんだよ、それー!? 肝心な事がわかんないじゃないか!」
「好みって、藤宮さんの趣味に合わせる気かよ?」
「あったり前じゃん。贈り物するならやっぱり相手に喜んでもらいたいじゃん! それなら先輩の好みに合わせるのが一番確実!」
「はぁ……贈り物ねぇ」
 木原の視線が僕の頭の上から足先までを往復する。何だよ、文句あるのか?
「藤宮さんの好みと言えば……、そうだな、今ならやっぱ一押しは小悪魔系じゃねぇの?」
 おお〜!? さすが木原! 藤宮先輩の好みも知っているとは、持つべきものは友よ!
 ……だけど小悪魔系、って何だ?

「ところで木原。きっちりと藤宮先輩の好みも知ってたけど、まさかまさか、木原も藤宮先輩に憧れてます、とか言わないよね?」
「言うかっ。冗談じゃねぇ」
 ああ、良かった。
 思わず抱いた思いつきに胸がどきどきしちゃったよ。
 僕はほぅ〜っと息を吐いた。
 そんな僕を宥めるように木原がぽんぽんと頭を叩いて、なでてきた。
「木原。僕は木原の弟じゃないぞ。いくら5人兄弟の長男で弟妹の相手に明け暮れる毎日だからって、僕まで弟扱いはやめてくれよな」
「はん、うちの小生意気な弟たちの方がお前よかよっぽど大人だよ」
「酷いな、も〜」
 木原の口の悪さは今に始まったことじゃないから気にしないけど。

「それより中島、小悪魔系にチャレンジ、ってマジ? 天然ならわかるけど」
「何だよ〜。やっぱり一度っきりのチャンスとはいえ、あげるからには気に入ってもらいたいじゃん」
「一度っきりって……。おいおい、味見させるだけさせて終わり?」
 木原が顔を顰めた。
「うん。でも粗食を勧めた手前、豪華すぎても駄目だしやっぱり腹八分目が基本だからね。よーっし、頑張るぞ〜! じゃぁな」
「はぁ? 粗食って何だ? 腹八分目? おいっ待て、中島っ」

 僕は忘れないように小悪魔系、小悪魔系、と唱えながらわき目も振らずに家路についた。




2日目

 母さん、今日から僕は小悪魔を目指します。

 よし!
 誓いも立てたし、後は目標に向かって突き進むのだ!



 昨日、家に帰ってさっそくネットで調べてみた。
 ああ、文明の利器よ、ありがとう。
 すると、なんと衝撃の事実が。
 小悪魔って食べ物じゃなかった!
 料理が得な母さんに小悪魔風の食べ物って何? と聞いたら鶏肉のイタリア料理か、パスタじゃなかったかしら、と言われたのに。

 キーワード:小悪魔 美味しい

 で検索したら、

『あなたの小悪魔度チェック! 美味しい恋愛レシピ』
 っていうピンクのハートが飛び交ったサイトがヒットした。
 訳がわからない。
 こんな時は木原に聞くのがお約束!
 という事で、さっそく携帯に掛けてみた。

「木原〜、美味しい小悪魔って鶏肉とパスタとどっちかわからなくて探したら、ピンクのハートが出てきたんだ」
『はぁ? ……ちょっと待て。……ああ、これか。お前ネット検索でかかったサイト開いてんだろ? 良かった良かった。マジで食いもん探してたらどうなるのかと思ったぜ』
 僕の簡潔明瞭な説明に、親友・木原は一発で理解してくれた。
 携帯越しに、木原がマウスをカチカチする音が聞こえる。
 よくわからないけど、これで合ってるらしい。
 なんだ〜。
 鶏肉とパスタじゃちっとも粗食じゃないかも、って心配して損しちゃったな。

『お前、ついでにこのチェックやってみろ』
 言われて、サイトにあった選択式の小悪魔度チェックをやってみた。
 すると。

 が〜ん!!
 僕の小悪魔度ってばマイナスレベルって言われた!
 おまけに正反対の性質、ふわふわ天使ちゃんタイプだって?
 ぜんぜん駄目じゃないか〜〜!?

「木原〜〜っ。どうしようっ!?」
『そんなこったろうと思った』
 わかってたんなら言ってくれよ〜っ

 という昨夜判明した事実に基づき、僕は今日、木原をコーチに小悪魔へと変身する決意をしたのだ。
 約束の日まであと6日!
 やる気になれば何でも出来る! 頑張れ、僕!

 小悪魔変身計画のため、木原に頼んだコーチは明日から約束の日までの6日間、お昼をおごる事で引き受けてもらった。
 といっても、バイトは禁止されてるから僕のお小遣いではかなり厳しい。
 だから母さんに頼んでお弁当を二人分作ってもらって木原と一緒に食べるだけだから、僕は何もしないんだけど。
 木原も色々と忙しくて放課後は付き合ってもらえない。だからお昼にお弁当を食べながら指導してもらって、夜に一人で特訓することにした。
 で、まず最初にもらったアドバイス。

『小悪魔の条件って何だと思う?』
「うーん、いきなり難しい課題だな。わかってたらマイナスレベルになんかならないよ」
『じゃぁ今までと反対の事すりゃいいんじゃないか?』
「おお、なるほど! さすが木原。ナイスアドバイスだ!」



 という事でさっそく実践しようとしたけど、小悪魔への道は険しかった。
 まず先輩をこっそり遠くから見つめる、という僕の日課は死ぬ気で我慢することにした。
 ああ、藤宮先輩のあの綺麗な顔を眺められないなんてがっかり。
 といっても僕の記憶の中には、先輩の超ドアップがあるからまだ耐えられる。
 遠目だとどっちにしろ顔はあんまり見えないし。
 でも颯爽と歩く後姿もカッコいいんだよなぁ……。
 それくらいはこっそり見ても許されるんじゃなかろうか。
 
 でも木原に『頼んで来たからには、コーチの言葉には従え』と一蹴された。
 だからあれから藤宮先輩を見かけた時も、うっとり見たいという衝動に何とか耐えた。
 それから『もう少し、甘えた雰囲気出せるようにならないとなぁ』と言われて、木原に雰囲気を作る練習相手になってもらう。
 ところがこれまた難しい。
 甘えてみろと言われて、木原に『今日の宿題、答え教えて』と言ったらごいん! と殴られた。
 痛いよ、自分から言い出したくせに〜。
 あげくに意味不明な宿題を出される。
「お前、今日から毎日アイスキャンディー食え」
 木原、意味わかんないよ。
 まだ夏まで遠いのに、お腹が冷えるじゃないか。好きだからいいけど。




4日目

 あれから木原の言葉にしたがってはいるものの、今日のお昼も駄目出しされてばっかりだ。
 こんな事で藤宮先輩の所へ行った時、本当にきちんと小悪魔になれるのかなぁ…。


 放課後、日直当番で日誌を提出しに言った木原を待ちながら、僕の口からは自然とため息が落ちた。
 これから沈もうとする夕日を見ていると気分もいっそう沈んでくる。
 それで木原はお願いして、特訓に夜まで付き合ってもらう事にした。
 代わりに明日のお昼はご奉仕しろよ〜と言われた。
 仕方が無い。どうにか頼み込んで明日は母さんの特製カツサンドにしてもらおう。 
 
「中島」
 やっと戻ってきた木原にほっとして、早く帰ろうと急かした。
「木原〜、頼むよ。初心に帰って小悪魔の心得は抑えておかないと、自習練もすすまないんだ。何とか自分で特訓するからさ」
「特訓ねぇ。ま、頑張れ頑張れ」
 そう言ってまた木原はぐしゃぐしゃと僕の頭をなでる。これはもう、木原の癖みたいなものだと気にしないことにした。
「ほら、木原、早く早くっ。急いで帰ろう!」

 腕を引っ張る僕の頭上から、突然くっと笑う木原の声が聞こえた。
「何だよ、木原。今日を入れてもあと3日しかないんだぞ。時間がなくて焦ってるのに、一人で何楽しそうなんだ」
 僕はムッとして見上げた。
「いやいや、なかなかいい反応見せてくれるなぁ、って思ってね」
「悪かったな! 僕の小悪魔度はマイナスレベルなんだぞ! 特訓でもしないと間に合わないよっ」
 僕は悲鳴をあげて抗議した。




5日目

 時間だけが過ぎていく。
 こんな時、先輩の麗しい姿を見れたらやる気も出るのに〜。
 一度こっそり先輩の顔を見に行こうとしたら、木原に見つかって近づくな! と厳命されてしまった。
 なんでだよ、いいじゃないかケチ!

 だいたい、木原の指導はほとんどが意味不明なうえ、どの辺が小悪魔なのかよくわからなかった。
 もしかして僕をからかって遊んでるだけだったりして。
 などと考えてしまったが、『俺の友情を疑うのかぁ?』とにやにやしながら訴えられ、腑に落ちなかったけどとりあえず謝った。
 コーチ頼んだの、僕だし。どんなスポ根もコーチを信じないと始まらないし。
 『約束の日まで、だろ。騙されたと思って信じなさい』というから信じる事にした。

 でもな〜。
 牛乳はミルクという。とか、毎日、アイスキャンディーを絶対にかじらず時間を出来るだけかけて食べる事。とか、ほかにもいろいろあったけど意味わからないよ。
 牛乳を飲むのは僕の日課。
 少しでも身長が伸びないかなぁ、と思って毎日欠かさない。
 それを「何が好き?」と聞かれたら、「毎日ミルクを飲みたいです」って答えるようにという厳命を受けた。
 で、毎日何度もことあるごとに聞かれて、自分でも口の中で繰り返して練習を怠らなかった。
 家でも練習するもんだから、母さんがお弁当に必ず牛乳パックをつけてくれるようになった。
 おかげで条件反射のように「ミルクが飲みたい」と答えられるようになったけど、どんな意味があるんだそれ。

「木原、『牛乳』の方が男らしい響きだと思わないか。僕は日本人だぞ。『牛乳』でいいじゃないか。」
 と言ったら、僕の分のカツサンドを奪い取られた。
 ああああ、月に1度だけ作ってもらえる僕の大好物が……。

 本気で涙する僕に、そっとひと口サイズにちぎられたカツサンドを差し出された。
 あああ、やっぱり木原はいいヤツだ!

 ぎゅるる、と鳴るお腹には猫にマタタビのごとく。思わずぱくり、とそのまま木原の指ごとカツサンドにかぶりついてしまった。
「あっ、ごめん」
 噛みはしなかったけど、相当恥ずかしい。赤くなってハンカチを出して木原の手を拭いた。あたふたと木原を見ると、ちっとも怒ってなくて、むしろ木原はくすくす楽しそうに笑ってた。
 ちらちら、横目でどっか見てる。
 何かな、とそちらを見ようとしたら「ソース垂れてる」と口元を今度は木原に指でぬぐわれた。
 あああ、高校生にもなって幼稚園児か、僕は。

 動揺する僕の目の前でニヤリと笑った木原は、自分の指についたソースをハンカチも使わずにぺろりと舐める。
 男らしいといえば男らしい仕草だけどね、行儀悪いよ? 木原。

 だけど、
「美味かったぜ? ごちそう様。中島のお袋さんはやっぱ料理美味いよな」 
と笑う木原は満足そうだった。母さん特製カツサンドはソースも手作りなのだ。

 その通り! 母さんの料理は美味しいのだ!
 やっぱり褒められると嬉しくて、にこにこ笑ったときには木原がどこを見ていたのか、なんて忘れてしまった。