僕は小悪魔?



7日目

 で。
 今日はとうとう久しぶりの解禁日。
 これから藤宮先輩の顔をやっと眺めに行けるし、ちょっと低めで艶のあるうっとりボイスを聞けるチャンスなのだ!
 だけど……。
 ううっ。やっぱり小悪魔って何なのかさっぱりわからない!
 悪魔が牛乳好きだなんて、聞いたこと無いぞ、木原! 猫じゃないんだぞ!

 ところが、木原は反省の色も無く平然としている。
「仕上がりは上々だろ?」
 どの辺が? 言えるもんなら言ってみろよ、木原ぁ。
 だけど木原は自信満々で笑ってる。
「いいんだよ、藤宮さんがお前を小悪魔って思えばいいんだろ。やるだけやったんだから、ほれ、コーチを信じなさい」
 うーん……。そりゃ、言われた事はやったけど。
「あとは中島の頑張り次第。っつーか、頑張りすぎるより力抜けてた方が身のためだけど」
「手抜きなんかしないよっ」
「手抜きじゃなくて、抜くのは……ま、いいか。その辺は百戦錬磨にどうにかしてもらえ」
 木原、最後にまる投げしてるように聞こえるよ……。
 百戦錬磨って僕、百回も告白の経験ないよ。

「往生際が悪い! 中島、男なら雄々しく喰われて来い!」
 ぽんぽん、と叩かれ、またもや木原に頭をぐりぐりと撫でくり回される。
 激励のつもりかな。でも、
「鶏肉もパスタもいらないって言ったの木原じゃないか。木原って、ときどき訳わかんないよな」
「一般的にはお前の思考回路の方が訳わからんと思うぞ」
 そうか? でもまぁ、応援してくれたらしいから、とりあえずお礼は言うぞ。 

「ありがとう、木原。僕もやるからにはきっと最後までやるぞ!」
 結局この1週間が何の役に立つのかさっぱりわからないけど、決意だけは熱い。
 男なら、一度決めたことはやり通すのだ!
 そんな僕の決意に木原がぱちぱちと拍手を贈ってくれた。
「おーし、頑張れよー」
 ありがとう、友よ! 僕はやるぜ!



 という訳で。
 腹をくくって生徒会室にやって来たはいいけれど、中が妙に静かでノックもしづらい。
 うう、人の気配がしないよ、誰もいなかったりして……。
 先輩が帰ってるかも、とは考え付かなかった〜……。
 と、思ったら中から誰かの着メロが聞こえてくる。
 よかった、誰かいるみたいだ。
 僕は思い切ってノックした。

「おお〜! 来た! よかった〜」
 がたがたっ! と音がして勢い良く開いたドアから顔を出したのは、よく藤宮先輩と一緒に歩いてるのを見かける人だった。この人も人気が高くて、というか生徒会メンバーはみんなそうだけど。
 この先輩は確か、会計の……
「良かったなぁ、藤宮! これでオレもお役ごめんで遊びに行ける〜」
「三宮さんも、藤宮さんのお守りお疲れ様でした。でも僕は藤宮さんと三宮さんの二人のお守りだったんですからね。まったく、何でさっさと来ないかなぁ、中島も」
 頭痛でもするのか、こめかみを揉み解しながらカバン二つ片手に三宮先輩を押し出すように出てきたのは、書記やってる1年の綾瀬だった。

「煩い、お前らさっさと帰れ」
 あ、1週間ぶりの先輩の声だぁ。
 先輩が不機嫌そうに開いていた携帯をバチン! と閉じる。
 と、いう事はさっきのメロディ、先輩の着メロかぁ。 
 先輩についてまた一つ知ってる事が増えてちょっと嬉しい。

 そんな事を考えてドアのところでぼけっとしていたら、綾瀬がちらりと僕を見て部屋から出て行った。
「藤宮さん、あんまりがっつかないで下さいね〜。じゃ、僕達帰るから。あとよろしくー」
「え、うん、お大事に」
「は?」
 頭痛でさっさと帰るのかと思ってそう言ったんだけど、綾瀬には変な顔をされてしまった。人の好意は素直に受けるもんだぞ、綾瀬。
 くすくす笑う三宮先輩は驚いたような呆れたような顔で立ち止まった綾瀬を促すと、ひらり、と僕に手を振って帰っていった。

「何をしている、さっさと入れ」
「はいっ! お邪魔します〜…」
 久しぶりに聞く先輩の声は、不機嫌そうに低かった。初めて見る生徒会室に、恐る恐る入る。
 この1週間は近づくな、と木原に言われて泣く泣く我慢してたから、声聞くのも1週間ぶりだ。
 苛立ってるみたいだけど、それでもやっぱりいいなぁ、この低い声。

「さっさと来い!」
「あ、はいっ」
 うっとりしかけたのを慌てて窓際のテーブルに座ってる先輩の方へ近寄った。
 さすが、伝統の生徒会室。どっしりと大きなテーブルやソファ、大きな薄型テレビまである。
 おお〜!
 僕の家はまだ左上にアナログって書いてるブラウン管だから、ちょっと羨ましいぞ、生徒会室!

 きょろきょろしていると、僕がテーブル近くに着く前にいつの間にか先輩が痺れを切らして近づいて来た。
「わぁ?!」
 気づかなかった僕は、何も言わずに足を引っ掛けた先輩に肩を軽く押されると、そのままあっけなく後向きで転ぶ。
 あ、この感覚知ってる。柔道の授業でこんなのやった気がするぞ。何て技だったっけ?
 …って、このままじゃ頭打っちゃうよ〜!? 受身ってどうやるんだっけ?!

 と思ったら先輩に引かれた右手と、頭に添えられた手に導かれて見事ふっかりしたソファに後頭から着地していた。
 おおお、お見事……って、なんで僕はいきなり先輩に押さえ込まれてるんだろ?
 先輩、もしかして柔道好き?

「さて、と。話を聞こうか」
「えええ? こんな体勢で?!」
「何か問題でも?」
「問題……はない、のか、もしかして」
 まぁ、確かにこんな不自然な体勢でも話は出来ますけど。見たことないなぁ。
「藤宮先輩、いつもこんな体勢で人と話するんですか?」
「気が向けば」
 え〜? 世の中いろんな人がいる、って本当だよ。初めて見た。

「で? この1週間、お前は木原と何をしてたんだ」
 地を這いそうなくらい不機嫌な声と裏腹に、するりと頬を滑り降りてきて、唇を撫でる先輩の手の感触は優しかった。
 うわ、何だろ、気持ちいい……。
 しかも……あぁ、先輩の麗しい顔のアップだぁ……。
 今まで1週間前の記憶を何回も思い返したけれど、やっぱり生で見ると本当に綺麗だよなぁ…。

「何をぼんやりしている」
 あ、いけない。涎垂らすところだった。危ない危ない。うっとりしてた。
 つい半開きになりかけてた口を閉じたら、…あれ。
「……そういう事をヤツに教わってきたわけか?」
 わお。間違って先輩の指まで咥えちゃったかも。
 そういえば、前に木原の指、カツサンドと一緒に食べかけたっけ。でも教わったんじゃなくてあれもこれも事故!

 と言おうと口を開きかけたら、先輩は自分で指を僕の口から出すどころか、さらに指を増やして2本の指を僕の口の中で遊ばせ始めた。
「ふぐっ?! むぐ……」
「そういえば、やってたな。昼時に。堂々と」
 何か嫌な事でも思いだしたのか、先輩は口元をひくりとさせた。

「確かに約束はお前が俺を上手に誘えたら、だったが。俺が一から教えてやろうと思ったのに、まさか木原に教え込まれてから来るとは思わなかった」 
「んんっ……」
 上顎をくすぐられるのが、妙な感覚で勝手に涎が溜まる。
 口を閉じられないから、今度こそホントに涎垂らしそうですってば、藤宮先輩っ!
 って、訴えたいのに、これじゃ喋れない〜!
「んむぅ……」
 もう口元まで溜まって零れそうな感覚に、たまらず口を閉じた。先輩の指ごと。
 だって、いい年して涎垂らすなんて恥ずかしいだろ、赤ちゃんじゃないんだから〜!
 指を舌で押し出そうとするが上手くいかない。先輩は少し目を細めて笑っていた。
 その指を涎が伝っていく。思わず反射的にじゅる、っと吸い上げかけて、

 ……あれ、なんかこの感覚も知ってるぞ? そうそう、毎晩食べてたアイスキャンディーだ〜……
 かじるな、出来るだけ時間かけて食べろ、とかいう意味不明な指示のおかげで、どんどん溶けてっちゃうから、ついつい行儀悪くすすっちゃうんだよねぇ。もったいないじゃん。零したら辺りがべたべたになるし。
 まぁ、それを零さないように食べるのは上手くなったけど、僕は普通に食べる方が好きだなぁ、やっぱり。
 なんて考えてる間に、なぜか目の前で見る見るうちにさらに不機嫌になっていく先輩の顔が。
 
「……そういう事まで……あの野郎……」
 唸るように低くなった声は、何て言ったのか良く聞き取れなかった。
 ぎ、っと先輩が奥歯かみ締めるような顔をした、と思ったらふっと先輩の頭が消えた。というか、見えないところに下がっていく。
 つまり、僕の胸の方に。
 ちょっとー先輩?! いつの間に僕、学ランどころかシャツのボタンまではずれてるんだっけ?!
 通りで、ちょっとひんやり寒いな〜、と思ったら!

「ぅうんんっ?!?」
 ぺろり、と乳首を舐められる感触。
 口の中から出て行ってくれない悪戯な指で僕は上向き気味にされたまんまだから、目で追うだけだと僕の胸の辺りに伏せられた先輩のさらさらした黒髪しか見えない。
 くすぐったいし、舐められたところがひんやりすーすーしてぶるり、と身体を震わせた。
 両手で先輩を引き離そうとしたら、右手が途中で何かに引っかかる。なんで?

 見ると、顔の横でびぃぃん、とロープが突っ張っていて、それはソファの下の方といつの間にか手首にぴったりフィットなサポーターみたいなものに繋がっていた。

 なんだ、これーー?!

「このソファにはあちこち引き出しがついてる実用的なデザインでね。いろいろとしまってある便利なものだよ」
 びっくりして固まった僕を、身を起こして見下ろす先輩はいつもより少し乱れた髪が、色っぽい。
 口の中から出て行く前に、ちろりと喉の奥を一瞬触れた指のせいで、生理的な涙が浮かんだ僕の目から視線を反らさないまま、先輩は眼鏡を外した。

 ああ〜、絵になる〜〜。

 こんな状態でもやっぱり見とれてしまって思わず動きが止まった僕に、先輩はちょっとだけ満足そうな笑みを浮かべた。

「そう、大人しくしてろ」
「大人しく……? してたらどうなるんですか?」
「そうだな、お前の返答しだい、だな。……木原にどこまでやらせた?」
「木原?」
 どこまで…と言われても。
 この1週間、僕は木原に何かさせたんじゃなくて、木原に変な注文つけられていろいろさせられたんだよな。
 まぁ、最初に僕が頼んだからだけど。
 と、言った途端にさっと先輩の顔色に赤みがさす。

「……頼んだ、だと?」
 これは照れてるんじゃなくて、血が頭にのぼって、だよな、たぶん。
 その証拠に先輩の目がつり上がっていく。 

「えっ、あのぅ、先輩? ちょ、ちょっと〜…何を、わぁ!」
「ヤツにここももう触らせたか?」 
「や、っちょっと、そんなとこ……ひゃぁ!」
 乱暴な手つきで僕のベルトを一気に引き抜き、下着ごとズボンが膝近くまで強引に引き摺り下ろされた。 
 って、うわわ、先輩の綺麗な手が、手が、僕の中心にちょこんとあったものを鷲づかみ!
 そんな所、木原に触らせる訳がない〜!!

 ぶるぶると首を振る僕は、完全に涙目だ。さっき、生理的に涙が浮かんだせいで涙腺の締りが悪い。
「ならこっちは?」
「いっ?!」
 首をふる僕を見て少しだけ機嫌を直した先輩は、今度はお尻の割れ目を先輩のひんやり冷たい手がなぞって行くのを感じる。
 ひえぇぇ?! そんなとこ誰も触らないでしょ?!

 驚きに目を見開く様子に、先輩はひとまず満足したらしい。
「そうか、ならこのまま大人しくしていれば少しは優しくしてやろう」
 ソファに押し倒された時、片足だけソファの上じゃなくて床に落ちたままだった。 
 その僕の両足の間に腰を下ろして僕に乗り上げていた先輩は、僕に優しげな微笑を見せながら膝で引っかかっていたズボンから僕の片足を完全に抜き去る。
 所がそんな先輩のおかしな動きも、浮かべた微笑に見とれる僕は抵抗し損ねた。

 だって!
 眼鏡外した顔、ってだけでも貴重なのに、そこに綺麗な微笑み浮かべてしかもこんな近距離!
 うっとりするな、って方が無理だぞ、どう考えても!?

 ぽやーとしてる僕の顔に手を伸ばして、また唇をなぞられる。するりと撫でられ、耳から顎の下をくすぐるように滑っていく感触に、胸にじぃんとした痺れが走る。
 うわぁ、何これ、癖になりそう。

「ふ、猫みたいなヤツだな、お前……」
 小さく笑う先輩を見ていたいのに、なぜか勝手に目が閉じてしまう。
 すると、先輩の手が僕の身体を滑っていく感触が、よりリアルに感じて今度は寒気と違う震えが身体を襲う。
「う、わ……ぁ……」
 先輩の片手が胸に留まり、しばらく転がしたり引っ張られたかと思うと引っかかいてみたりと悪戯を繰り返す。
 やがてそこがじんじんと熱を持ち始めた。
「んん……っ」
「ここも木原に触らせてなさそうだな。反応が鈍い…。そのうち、ここを弄られる事にも慣れさせてやろう」
 不機嫌さもだいぶ消えて、楽しくなってきたらしい。
 先輩の手が胸元から離れて、再び下へと降りていく。

「ぁうっ」
 びくり、と身体が大きく震えた。
「やはりまだここが一番か」
 自由だった左手で、僕の身体サイズに合せたように小さめなそれを覆う先輩の手を外そうとしたら、反対に僕の左手ごとソレを押さえ込まれてしまった。
「やぁっ…」
 もう、我慢できずに零し始めてぬめりを帯びるソレを前後にすりあげられ、あっと今に硬さを持ち始めた。
 嘘だろー!?
 
「先輩…っ、手、放し、て……」
「なぜ? 気持ち良さそうじゃないか?」
「あぅぅ…っ、…っ! んん、や、ぁあっあっ」
 先輩の手に力が篭り、動きが早まる。
「ひぁ…ぁっ…!」
 先輩に触れられてる。あの綺麗な目に映り込む自分の顔が見えるくらい近づいた先輩のどアップだけで、どうにかなりそうなくらいなのに、その上こんな……体中の熱が集まって、零れて、僕の手と先輩の手を汚してく。

「やあぁぁぁぁ!」
 一気にひとっ飛びに上り詰めて、とうとう弾けさせてしまった。

「……なかなかいい顔するじゃないか?」 
 僕の吐き出してしまったもので汚れた手を、先輩はにやりと笑ってこれ見よがしにぺろりと舐める。
「う、うそ……」
 何か今の、前にも見たことがあるぞ〜……あの時は…

「何がだ?」
 僕の呆然とした顔を見つめ返す先輩は、今まで見たことないくらい楽しげで、色気全開なそんな笑み。
 うわぁ、うわぁお?! 今の先輩の顔は、僕の生涯ベストショットにランクイン決定!!
 それにしても、木原の時はソースだったけど同じ仕草してるのに、全然違う。
 何回でも今の顔見てみたい〜。

「なんで、何で木原と同じ事してんのに、せんぱ…い……」
 の方が100倍好きなんだろう。

「何だとぅ!?」
「あああ……」
 最後まで言う前に、ぶちっとスイッチが入った感じでいきり立った先輩は殺気立っていた。
 瞬時に変わった表情に、消えてしまった顔を忘れないように! と目を閉じて念じておいた。
 目を開くと、目の前にはこれまた今まで見たことがない怒った顔した先輩が。
 うわぁ、先輩が怒ってる顔!?
 なんてレアな?! 生で見れるなんて!
 藤宮先輩って、やっぱり何やってもカッコイイ……。

「お前…、やっぱり木原にもこんな真似をさせたのか!?」
「え?」
 なぜか先輩の顔がますますアップになった。
 ん? 詰め寄られてるのか。
 あれ? もしかして先輩が怒ってるのって僕にか?  
 なんで?

「ええと……?」
 怒ってる理由がわからなくてわたわたしてるうちに、先輩にだらしなく力の抜けた足を掴まれる。
「今日はこれで勘弁してやろうかとも思ったのになぁ?」
「え、っと〜?」
「だが、怯える顔よりさっきの顔の方が良さそうだ…。心配しなくても、声が枯れるまで啼かせてやる」
 くくく、と笑う先輩の皮肉げな笑みも校内で見たことない。
 うわぁ、僕ってばもしかして超ラッキー?!

 木原のせいで先輩の麗しボイスも華麗ぶりもカッコイイところもずっと見逃しちゃったけど、今日一日で色んな先輩の顔を見れちゃった。
 今日はものすごーく幸せな一日だった。
 残念なのは、これでもうこんな間近で先輩の顔も見れないし、声も聞けない。
 この綺麗な指に触れられるのも今日限り、ってこと……。

 とか考えてた僕は、もちろん、ここの窓の向こうに僕らの教室が見えるだなんてちっとも気づかなかった。