family ties

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 城の坂を下り、城下街の一番北にあるインブルヅ通りをずっと東に抜けると、上り坂になる前にコールスリ家がある。旧家のその広い家は、今は女主が一人で守っていた。
 手入れされた庭を通り、カルナラが両開きの扉についたドアノックで二度コンコンと叩く。
 少し待つと、背筋の伸びた執事がドアを開けて丁寧に出迎えた。
「母さんは?」
「お呼びしましたので、ダイニングでお待ちください」
「わかった」

 アルトダは、カルナラが母の事をそう呼ぶのを初めて知った。
 以前、カルナラと一緒に父の墓参りに行った時には、まだ実母のナシムは病み上がりだったため、後日、アルトダが一人でコールスリ家に来て挨拶をした。
 カルナラと二人で母親の前に立つのは、そう言えば初めてだ。
 それに気づくと、アルトダは急にドキドキしてきた。

「伍長、こっち」
 カルナラが手招きしたので、アルトダも慌てて後を追う。
 部屋に入る前に、廊下の端にドアから出てくるナシムが見えた。
「あら。いらっしゃい。中にどうぞ」
 アルトダがピョコンと頭を下げ、
「こんにちは。お世話になります」
と挨拶すると、カルナラが
「母さん?」
と言いながら、廊下に出てきた。
 ナシムは笑って部屋に入るよう促し、広いダイニングテーブルに三人が向かい合って座る。

「え? もう食事?」
 テーブルに花やナプキンが用意されているのを見て、カルナラが訊いた。
「もう夕方よ。お腹すいたでしょう。すぐ用意させるから、荷物はそこに置いておけばいいわ」
「でも、挨拶も何も……」
 流石にアルトダも遠慮がちに言う。
「何、言ってるの。うちに来て、わざわざそんなの要らないわ。あ、でも未だだったわね。おかえりなさい」
「え」
「第一声がそれじゃないのがおかしいよ。ただいま」
 苦笑しながらも、カルナラもちゃんと返事をする。
「母は、割合、おおざっぱなんだ。昔から」
「アルトダ家がきちんとしてるのは、存じ上げてるわ。ごめんなさいね。おおざっぱで戸惑うでしょう」
「あ、いえ」
 母と兄の会話を聞いて、いつもこんな、いい雰囲気なんだとアルトダは思う。
 アルトダ家の厳しさが嫌なわけではない。幼い頃は反発する事もあったが、大人になった今、両親が自分をそう育てた意味も理解していたし、何より、実兄と実母が居るというのに、その城で働く事を許可してくれた養父には感謝していた。

 三人で、とりとめない会話をしながら夕食を摂り終えると、まだテーブルについているナシムにカルナラが言った。
「顔色、あまり良くないね。もう寝た方がいいよ」
「違うの。昨日、寝られなくてね。寝不足」
「何かあったの?」
 カルナラと共に、アルトダも心配になり、ナシムの顔を覗き込んだ。
「違うわよ。嬉しくてね」
「え?」
「貴方達が二人で来てくれるって言うから、興奮しちゃって。いやねぇ、年甲斐もなくはしゃいじゃって」
「それで寝てないのか?」
「そうです。安心したから、今日は寝られるわ」
「安心?」
 思わずアルトダが訊いた。
「二人が並んでるのを見るのは初めてだったから、どんな感じなのかしらとずっと思ってて。思ってたより、違和感ないから、安心したの」
 そう言ってウィンクする母を、アルトダは可愛い人だと正直に思った。
 この人の血が流れている事も嬉しく思った。
 言葉に出来ないその気持ちが、胸の中からこみ上げて、急に泣きそうになる。






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Update : 2007/07/16