トレモロ BL18禁

トレモロ21 試してみる?

 会場に戻っても自分以外、前と様子が変わらない。その華やかさに気後れし、一人、壁の花になっていたアルトダは、溜息をついて先程の兄との事を思い出していた。
 「とんでもない」
 今ならそう思うが、あの時は本気でしたかったのだ。自分の発言とした事に対する恥ずかしさで顔を真っ赤にしていると、フィズが声をかけてきた。フィズも既に元の服装に戻っている。
「どした?」
「そっちこそ。仮装パーティなのにどうしたんです?」
「そうじゃなくて、熱でもあるのか?」
 フィズに顔を覗き込まれて、アルトダは慌てて顔を背けた。
 その様子を見て、フィズが身体を寄せる。
「なんですか?」
 思わず後ずさると、フィズが鼻をスンと鳴らした。
「なんか……におう」
「え?」
「どこかで……」
 アルトダはクンクンと自分の服の袖のにおいをかいでみた。
「くさいですか?」
「違う。あ! そうだ。カルナラの」
 アルトダは、その名前を聞いて心臓が止まりそうになった。
「香水。つけてたよな、それ。同じ?」
「え? いえ」
 声が不自然だったらしく、フィズの眉間が動いた。
「……なんかあった?」
「……」
「……んだな?」

 アルトダは何故か目が熱くなった。じわっと湧き上がる感覚がして目が潤む。
 言ってはいけない。
 誰にも言えない。
 それでなくても、フィズとカルナラは仲がいいのだ。知られない方がいいに決まっている。
 でも、他に、もやもやとしたこの思いを吐き出せる相手もいない。

 アルトダは涙のたまった目でフィズを見た。フィズが驚いたようにそれを凝視する。
「どう……」
「つ」
 きっと言い出したら、全部話してしまいそうな予感はしたが、フィズになら知られてもいいかもしれないと思った。
「辛くて。私、さっき……」

 涙をこらえてポツポツと喋るアルトダを、フィズはさりげなく廊下に連れ出す。
 アルトダがカルナラに性的に興奮したという話を、フィズは黙って最後まで聞いていた。
 沈黙が始まって、アルトダがそれに耐えられないという時間になるより早く、フィズが口を開いた。
「なんだ。で、悩んでんのか」
「なんだ……って」
「何にだろうな? カルナラに、なのか、男に、なのか、それとも単に酒に酔ってるからなのか」
「……わかりません」
「んじゃ、試してみる?」
「は?」
「はっきりしたら、いいんだろう? さ、俺が相手になってやるからさ、やろうやろう」
 フィズはそういうと、ぽかんとするアルトダの手をひいて、
「善は急げー」
と片手を振り上げながら、廊下をずんずん進んでいった。

「ほ……本当にするんですか?」
「当然! 俺もうスイッチ入っちゃったし!」
 フィズは振り返って言った。
「何? 俺じゃ役不足? カルナラじゃないと駄目?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
 畳み掛けるように聞いてくるフィズにアルトダはモゴモゴと答えた。
「なんというか、兄さんがだめだったから、少尉とすぐ……なんて節操がない感じがして……」
「気にすんな。男なんて下半身で生きてるようなもんだから。あ、おねーさーん、この人酔っ払ってて休ませたいから、ベッド貸してもらえますー?」
 わけのわからない理屈をアルトダに押し付けたフィズは、通りかかった中年のメードに部屋を貸してくれるよう交渉を始めてしまった。
「おねーさん、どうもありがとー」
 満面の笑みで鍵を受け取るフィズに、アルトダは常々思っていたことを聞いてしまう。
「少尉って、明るくて、話し上手聞き上手な上に、友達思いの気配りさんって感じなのに、どうしてもてないんですか?」
「いい事言ってくれるじゃん」
 フィズはメードに指示された部屋の鍵を差込み、アルトダを中に押しやった。