トレモロ BL18禁

トレモロ31 交換条件

 司会の男に勧められ、眉間に皺を寄せながらシザークがナスタの前のソファに座る。
「オレ、ナスタにさっきの事、文句言いに来たんだ! それに……聞きたい事もあって……」
 ナスタは、アシュレイのところに行けと言って、司会の男を退室させた。
 ソファに座って足を組み踏ん反り返った格好でナスタがシザークに手をかざして見せる。
「ふふん。これの事か?」
 その言動にはっとしてシザークがソファから腰を浮かした。
「やっぱりそれって……!?」
「さあどうだろうな。知りたければ教えてやらない事も無いが、そのためには私からの条件を飲まなければ、無理だな」
「どんな条件?」
「私達を覗いた罰も兼ねて、私を気持ち良〜くさせる事ができたら、叶えてやらない事もないぞ」
「覗いたって言うなら、ナスタも同じじゃん! って……何? 気持ち良く? え?」
「ふふふ」
「……っ!」
 瞳の中に[月]を入れたようにナスタの目が輝くのを、シザークは恐ろしげに見つめた。
「オレ、オレ、ナスタに入れるなんて、できないよーーー!!」
 涙目で頭を抱えたシザークが叫ぶのを、人の悪い笑みを浮かべてナスタが見ていた。
「いいのか、シザーク。コレのこととか、カルナラと私の関係とか色々と聞きたいんだろ?」
 『カルナラと私』の部分をやたら強調したナスタの物言いに、例の突発的な言動に動揺していたシザークは、正気に戻った。
「ナ……ナスタとのことはカルナラから前に聞いた」
 ドレルキアでのことを思い出して、シザークは言う。
「最後まではない、カルナラはそう言ったはずだ」
「……なんで知ってんの?」
 怪しむ表情で兄を見る。しかし、ナスタは弟の様子などまったく気にも留めず、我が道を行く。
「私と寝て満足させたなら教えてやる。する気がないなら帰れ」
「オ、オレ、男で攻めたことないんだけど……」
 オドオドとする弟に対し、兄の眼はキラキラだ。
「安心しろ。私もだ。お前の輝かしい未来のため、兄である私が骨を折ってやろう、と言うのだ」
 輝かしい未来? いったい何のことだろう。ナスタには何かが視えているのだろうか。
「来い、シザーク」
 紅い瞳で見つめられ、困惑気味だったシザークは思考がプッツリと停止した。
(ごめん、カルナラ。オレ、ナスタには逆らえない……)
 催眠にかかったようにフラフラとナスタの元にシザークは向かった。

「そうだな……じゃ、まずお前から脱いで貰おうか」
「え。脱ぐって全部?」
 シザークは緊張した面持ちで訊ねる。
「全裸の方が恥ずかしくないと思うぞ。それとも 靴下と靴だけ履いておくか?」
 自分のその姿を想像してげんなりし、シザークは渋々、服のボタンに手をかけた。
「ただ脱ぐだけか? つまらん」
「何だよ。踊りながら脱げってのか」
「よくわかってるじゃないか」
「はぁ?」
「淡々と脱ぐな。もう少し色っぽさを出せよ」
 口を尖らせたナスタが楽しんでいるだけなのは十分承知しているが、遊びと言っても逆らうとタダでは済まないという恐怖が、部屋から出て行く事をシザークにためらわせていた。
「これじゃ、カルナラと寝る時にも、お前にちっともムードがないっていうのが知れるな」
「自分で脱ぐ事なんてないからな」
 やや憮然とシザークは答える。
「はは、私に脱がせて欲しいのか? 構わないぞ」
「え、いや、そういうわけ」
 じゃない、とシザークが言い終わらないうちにナスタは立ち上がり、ソファの間のテーブルを乗り越えてシザークの前に立った。
「ナ」
 むんずと、シザークのシャツの胸付近を右手で掴むと、勢いよくボタンを引きちぎるようにシャツを破いた。
「ぎゃっ! ちょっ」
 慌てるシザークを無視し、そのままシザークのベルトに手をかけると、これまた慣れた手つきであっという間に外してシュッと引き抜いた。間髪置かずファスナーを下ろし、おたおたするシザークの後ろに手を回して片手で器用に下もスポンと脱がしてしまった。
 その勢いにバランスを崩して、シザークがソファから転げ落ちる。
「いったぁ」
 尻をしこたま打って抗議の声を発しようとするシザークの前に、ナスタが仁王立ちになる。
 シャツを破かれ半分脱げかけた上体に下半身が露出した情けない格好で、シザークは怯えた子羊のように縮こまった。
「いいザマだな。シザーク。気が変わった」
「え」
 もう今更、どう転ぼうと、絶対に自分にいい方向に進むわけがない。半ば諦めた表情でシザークはナスタを見上げた。
「ソファに手をついて、尻をこっちへ向けろ」
「……いやだ」
 何をされるか一瞬で想像し、ソファにぴったり背中をつけてシザークは抵抗する。
「心配するな。最初にお前に入れるだけだ」
「だから、いやだ」
「入れるのも嫌、入れられるのも嫌か?」
「ナスタとじゃ当たり前じゃん」
「兄に向かって何だ、その口の利き方は」
「こんな時だけ兄さんぶるなよ」
「私に」
 ナスタは、細い腕のどこにこんな力があるのかと思う強さでシザークを立たせると、ソファに投げるように押し倒した。
「逆らうとは、偉くなったもんだな、国王陛下」
 立ち上がろうとするシザークをうつ伏せにし、ナスタはシザークの背中を足で踏んで押さえつける。
「ナスタ! やめろよ!」
 半分以上ちぎれた服では、ナスタの靴裏の硬さが直に肌に伝わる。
「いたっ」
 ナスタはグリグリと靴を押し付け、そのまま膝を曲げる形でシザークにのしかかった。シザークの耳の近くで低く囁く。
「私が短気なのは知ってるだろう。大事なお前に痛い目させたくないんだ。一回で言う事を聞け」

 何言ってんだよ――反発したくても無駄だと頭の中で声がする。

 床に膝をつき、ソファに上半身が押さえつけられ、自由な手だけを動かして、シザークは情けなさにソファの背もたれに指を食い込ませる。
「静かになったな。諦めたか?」
「……」
 何とか逃げられないか、一応考える。逃げてもどうせ後日また酷い目に会わされる事が、すぐ安易に想像できた。
「もっと足を広げろ。尻をこちらに向けたまま、そこで自分で慰めて見せろ」
「……やだね」
 シザークは反乱を起こした。
 考えてみれば、ナスタより自分の方が体格は勝る。力でナスタをねじ伏せるのは容易い。
 自分が一度ナスタに従う仕草をみせれば、彼は誤解して多少手を緩めると判断し、抵抗をやめた。
 案の定、ナスタはシザークの意の通りにし、軽いフットワークで、形勢を逆転させた。ナスタの自分より華奢な体をソファに跳ね上げ、自分はその上に乗る。
「ぐっ……シザーク、ただで済むと思うなよ」
「この体勢でそういうこと言う? 今のオレ、ナスタに何でもできるんだからさ」
 ナスタを見下ろす姿勢は気分がいい。こういう状態でいると、いつも押し付けるようだった畏怖が払拭される。
 だんだんと気分が高揚したシザークはペロリと唇を舐め、悪戯な笑みを浮かべた。
「さっき、ナスタが入れていいって言ったじゃんか。ナスタなら後ろ慣れてるんだろ? カルナラにする前に、一度ナスタで経験させてよ」
「ほお。言うじゃないか」
 ナスタはソファに押さえ付けられたままの体勢で、シザークを見上げる。
「オ、オレだって、いつまでも昔と同じじゃないよ」
 常にナスタに迎合するばかりだった幼少時代を思い出して、シザークが自分を奮い立たせる。
「昔と違うか、なるほどな」
「うん」
「では、やってみせてもらおうか」