トレモロ39 オクトの意外な一面
ナスタとのこと、どういう風に誤魔化せばいいだろうか。それとも素直に話した方がいいだろうか。
「陛下」
逃げ出したい気持ちでいっぱいになってきたとき、タレンが声を掛けて来た。
「あぁ、タレン……何だ?」
コイツにあの場面を見られたっけ、と羞恥し、つい刺々しい言い方になってしまう。
「……先程の」
「先程のことですが、中尉には申してはおりません。酔われて、ナスタ様のお部屋で休まれていたことと、その際に少し洋服を汚された、と言うことをお話しました」
遠慮がちなタレンを長身のオクトが補った。
いつの間に近寄ったのだろうか。
茶色いゆるやかな癖毛の彼は、まっすぐな瞳でシザークを見る。
シザークはそれを直視できなくて、料理を取るふりをしてそらした。
「わかった。カルナラとはそういうことで話をあわせる。すまなかった、礼を言う」
「いえ! とんでもございません! それと先程廊下で、アシュレイ殿下が陛下をお探して一人でおいででしたので、陛下は御用があることをお伝えし、中尉のお傍へお連れしました」
美貌の国王陛下に対し、顔を真っ赤にしながらタレンは言う。
「アーシュが?」
振り返り見ると、カルナラの膝の上に座り、付け髭を引っ張ったり、料理を食べさせてもらったりしているアシュレイの姿があった。
まさに祖父と孫。
カナデアが存命ならばこのような光景は日常茶飯事だっただろう。
「――あぁ。そういえば、カードゲームをする約束をしていたっけ」
父を懐かしく思いながらもふと思い出す。
「どっちでもいいから、カード持ってきてくれる? オレもこの会場から出る気ないし、カルナラのところに大体いるからさ。二人も適当に飲み食いしてていいよ。もう仕事は終わったんだろ?」
「よろしいのでしょうか」
「いいよ。オレが言ったんだから大丈夫だよ。何かあったら声掛けるから正体不明にはなるなよ」
豊かな金色の髪を翻し、シザークはカルナラとアシュレイの元に向かった。
それを残念そうな面でオクトが見ていた。
そのオクトを更にタレンが見て、ポツリと呟く。
「……カードって誰が持ってるんだろう」
「執事にでも聞いてみるのが妥当だろうな」
そう言って歩き出す。
「あ、待てよ。俺も一緒に行くよ」
――その頃。
「あ、父上」
「アーシュ、カルナラと仲良くしていたのか?」
「うん! このお髭は嫌だけど、かるならは優しいから好きー。でも、かるならって父上には何でいぢわるなの?」
ニコニコだった笑顔をちょっとしかめて、アシュレイはシザークを見た。
「い!?」
思わず赤面してしまうのは、カルナラの意地悪な時が大抵『アノ時』だからだ。
「ずっと聞かれていて困ってたんです。陛下! ここは殿下の父上としてビシッとお願いします!」
「ちょっ! 都合のいいときだけオレに頼るなよ!」
「じゃあ、私はちょっとトイレに。この格好で行くの大変でして」
アシュレイをシザークに預け、カルナラはそそくさと席を立った。
シザークがカルナラを呼ぶ声が空しく会場に響いた。
執事はあっさり見つかり、カードを二組借りることが出来た。
「なんで二つなんだ?」
「ひとつは陛下にお持ちする分。もうひとつは僕らが使う分だ」
「へ?」
意味が分らない。
会場に戻った凸凹は早速シザークにカードを渡した。
「中尉はどこへ行かれたんですか?」
「かるならはおトイレだって」
「二度と帰ってくるなっつーの」
不機嫌そうなシザークにタレンは首を傾げる。
「もしや、先程のことが……?」
「ん? 違う。あいつオレに面倒なこと押し付けて逃げやがった」
国王らしからぬ言葉遣いをシザークは吐き出す。
ほんの少しの間に仲違いをしたらしく、シザークはイライラしていた。
「カードはどうされますか?」
「やる! 父上とかるならとあそぶ!」
「あの格好だから、カルナラしばらくかかるぞ?」
「それに年寄りはキレが悪いとか言いますしね」
「マーイール」
「きれ? なにそれ」
「さっ、さあ、なんだろうな。あはははは」
乾いた声でシザークは笑い、ずいとオクトに顔を寄せる。
「子供の前で変なこと言うな」
突然のことにオクトは目を丸くした。
ずっと自分のことを避けっぱなしだったシザークが、いきなり自ら顔を寄せてきたのだ。
「ぷっ。何お前その間抜け面!」
「おめめ、まんまるだったねー」
シザークの膝の上でアシュレイが目をビローンと上下に開いて、先程のオクトの顔真似をする。
子供らしいその悪戯な仕草にタレンも噴き出した。
当のオクトは苦虫を噛み潰した顔で、箱からカードの束を取り出した。
王族所有のものらしく、なかなか上等だ。
オクトはテーブルの隅に器用にトランプを立てていく。
ひとまず、下二段、上一段の小さなピラミッドを作り、感嘆の声を上げたアシュレイを振り返る。
「やってみますか?」
「うん!」
オクトは椅子に座り、その膝にアシュレイを乗せた。
ひとつ見本を作り、アシュレイにコツを教える。
小さく不器用な手が失敗しても、褒めてもう一度やる気を出させる。
「へぇ、意外」
「子供の扱いが随分うまいですね」
いつの間にか戻ってきたカルナラがシザークの傍に立っていた。
言いにくそうに「申し訳ありません」と謝罪をする。
「いいよ、だけど今度からは……その、なんだ……注意しような」
ヤらないようにしよう、と言わないところにカルナラは笑った。
「できた!」
小さな紅葉をあわせてアシュレイは大喜びしている。
ようやく一組を立てることができたようだ。
「お上手でしたよ」
オクトが珍しく笑って言うと、アシュレイも頬を赤らめて頷く。
「もっと練習して上手になったら、えっと……」
「オクトです。マイル・オクト」
「オクト! オクトに見せに行っていい?」
「いつでもどうぞ。お待ちしています」
「陛下」
逃げ出したい気持ちでいっぱいになってきたとき、タレンが声を掛けて来た。
「あぁ、タレン……何だ?」
コイツにあの場面を見られたっけ、と羞恥し、つい刺々しい言い方になってしまう。
「……先程の」
「先程のことですが、中尉には申してはおりません。酔われて、ナスタ様のお部屋で休まれていたことと、その際に少し洋服を汚された、と言うことをお話しました」
遠慮がちなタレンを長身のオクトが補った。
いつの間に近寄ったのだろうか。
茶色いゆるやかな癖毛の彼は、まっすぐな瞳でシザークを見る。
シザークはそれを直視できなくて、料理を取るふりをしてそらした。
「わかった。カルナラとはそういうことで話をあわせる。すまなかった、礼を言う」
「いえ! とんでもございません! それと先程廊下で、アシュレイ殿下が陛下をお探して一人でおいででしたので、陛下は御用があることをお伝えし、中尉のお傍へお連れしました」
美貌の国王陛下に対し、顔を真っ赤にしながらタレンは言う。
「アーシュが?」
振り返り見ると、カルナラの膝の上に座り、付け髭を引っ張ったり、料理を食べさせてもらったりしているアシュレイの姿があった。
まさに祖父と孫。
カナデアが存命ならばこのような光景は日常茶飯事だっただろう。
「――あぁ。そういえば、カードゲームをする約束をしていたっけ」
父を懐かしく思いながらもふと思い出す。
「どっちでもいいから、カード持ってきてくれる? オレもこの会場から出る気ないし、カルナラのところに大体いるからさ。二人も適当に飲み食いしてていいよ。もう仕事は終わったんだろ?」
「よろしいのでしょうか」
「いいよ。オレが言ったんだから大丈夫だよ。何かあったら声掛けるから正体不明にはなるなよ」
豊かな金色の髪を翻し、シザークはカルナラとアシュレイの元に向かった。
それを残念そうな面でオクトが見ていた。
そのオクトを更にタレンが見て、ポツリと呟く。
「……カードって誰が持ってるんだろう」
「執事にでも聞いてみるのが妥当だろうな」
そう言って歩き出す。
「あ、待てよ。俺も一緒に行くよ」
――その頃。
「あ、父上」
「アーシュ、カルナラと仲良くしていたのか?」
「うん! このお髭は嫌だけど、かるならは優しいから好きー。でも、かるならって父上には何でいぢわるなの?」
ニコニコだった笑顔をちょっとしかめて、アシュレイはシザークを見た。
「い!?」
思わず赤面してしまうのは、カルナラの意地悪な時が大抵『アノ時』だからだ。
「ずっと聞かれていて困ってたんです。陛下! ここは殿下の父上としてビシッとお願いします!」
「ちょっ! 都合のいいときだけオレに頼るなよ!」
「じゃあ、私はちょっとトイレに。この格好で行くの大変でして」
アシュレイをシザークに預け、カルナラはそそくさと席を立った。
シザークがカルナラを呼ぶ声が空しく会場に響いた。
執事はあっさり見つかり、カードを二組借りることが出来た。
「なんで二つなんだ?」
「ひとつは陛下にお持ちする分。もうひとつは僕らが使う分だ」
「へ?」
意味が分らない。
会場に戻った凸凹は早速シザークにカードを渡した。
「中尉はどこへ行かれたんですか?」
「かるならはおトイレだって」
「二度と帰ってくるなっつーの」
不機嫌そうなシザークにタレンは首を傾げる。
「もしや、先程のことが……?」
「ん? 違う。あいつオレに面倒なこと押し付けて逃げやがった」
国王らしからぬ言葉遣いをシザークは吐き出す。
ほんの少しの間に仲違いをしたらしく、シザークはイライラしていた。
「カードはどうされますか?」
「やる! 父上とかるならとあそぶ!」
「あの格好だから、カルナラしばらくかかるぞ?」
「それに年寄りはキレが悪いとか言いますしね」
「マーイール」
「きれ? なにそれ」
「さっ、さあ、なんだろうな。あはははは」
乾いた声でシザークは笑い、ずいとオクトに顔を寄せる。
「子供の前で変なこと言うな」
突然のことにオクトは目を丸くした。
ずっと自分のことを避けっぱなしだったシザークが、いきなり自ら顔を寄せてきたのだ。
「ぷっ。何お前その間抜け面!」
「おめめ、まんまるだったねー」
シザークの膝の上でアシュレイが目をビローンと上下に開いて、先程のオクトの顔真似をする。
子供らしいその悪戯な仕草にタレンも噴き出した。
当のオクトは苦虫を噛み潰した顔で、箱からカードの束を取り出した。
王族所有のものらしく、なかなか上等だ。
オクトはテーブルの隅に器用にトランプを立てていく。
ひとまず、下二段、上一段の小さなピラミッドを作り、感嘆の声を上げたアシュレイを振り返る。
「やってみますか?」
「うん!」
オクトは椅子に座り、その膝にアシュレイを乗せた。
ひとつ見本を作り、アシュレイにコツを教える。
小さく不器用な手が失敗しても、褒めてもう一度やる気を出させる。
「へぇ、意外」
「子供の扱いが随分うまいですね」
いつの間にか戻ってきたカルナラがシザークの傍に立っていた。
言いにくそうに「申し訳ありません」と謝罪をする。
「いいよ、だけど今度からは……その、なんだ……注意しような」
ヤらないようにしよう、と言わないところにカルナラは笑った。
「できた!」
小さな紅葉をあわせてアシュレイは大喜びしている。
ようやく一組を立てることができたようだ。
「お上手でしたよ」
オクトが珍しく笑って言うと、アシュレイも頬を赤らめて頷く。
「もっと練習して上手になったら、えっと……」
「オクトです。マイル・オクト」
「オクト! オクトに見せに行っていい?」
「いつでもどうぞ。お待ちしています」