トレモロ BL18禁

トレモロ62 指輪の行方

 人数の減ってきたパーティ会場で、一際高い位置から人を探す姿があった。
 隣では不自然な歩き方の若者もキョロキョロとしている。
「いらっしゃらないね」
「……ああ」
 つまらなそうに長身のオクトが言う。
「だから早く戻ろうって言ったのに、マイルがあんなに……」
 自分で言いながらタレンは赤面する。
 オクトの絶倫に付き合って…基い、流されて隣のヘンタイに色んな声を聞かせてしまった事を恥じる。
 その様子を横目で見ながらニヤニヤとしていると、視界の端に自分と同じような身長の男を見つけ、オクトは歩き出した。
「おい、お前。アシュレイ殿下は?」
「おチビちゃん? おチビちゃんならナスタ様と一緒に寝ちゃったよ」
 やはり。
 オクトは嘆息して男に礼を言う。
「待てよ、マイル。……ったく。いっつも獲物を見つけた肉食竜みたいなんだから」
 重い腰を抑えながら、文句を言いつつやってきたタレンに男が好奇の目を向ける。
「お、ウサギちゃん。なんか色っぽい顔になってるね」
「僕のウォレスを勝手に見るな、ヘンタイ」
「ヘンタイって……しかも見るのも駄目って酷くない? せっかくおチビちゃんから伝言があるのに」
 二人の間に割って入ったオクトの顔がパッと変わる。
「どうしようかなぁ。条件次第、かなぁ」
 男の笑みに含む黒いものを感じ、タレンはオクトの制服の裾をぎゅっと掴む。
 オクトもすっと、守るように小柄な身体を自分で隠すと、男を睨み付けた。

「オイ、何度言えば分るんだ?」

 この気配は隣のヘンタイ。
 そう思ってオクトは声に振り向く。
「ウギャ! 耳ィ! 千切れるぅぅぅ!」
 耳をギュッと引っ張って、二人から力任せに遠ざけるのはナスタだ。
 男を睨みつけ、威嚇した顔とは正反対の穏やかな顔でオクトとタレンを見る。
「アーシュが随分世話になったな。お前たちと遊んだのが楽しかったようだ。礼を言う。お前たちさえよければまた遊んでやってもらえるか? カード立てみたいに集中力を必要とするものは特にいい。あれが欠如してシザークのようになったら困るからな」
 その言葉に国王の少年時代の姿が鮮明に浮かぶのは何故だろうか。
 失笑しながら頷くと、ナスタも満足そうに頷いた。
 隣のヘンタイも子供のことになると、優しい父親のようだ。

 アシュレイに免じ、先程までのことを水に流し、アシュレイと遊んでいるときの話をしていると、シザークの声が聞こえた。
 特に大きいわけじゃないのに、良く通るから嫌でも耳に入ってしまう。

「ナーーースターーーーッ!」

 弾丸の勢いで走ってくる国王は、まるで十代の少年のようだった。
 先程、カルナラを抱き、その前にも数回ほどことに及んでいるというのに、そのタフさには脱帽する。
「シザーク様! そう闇雲に走り回らないでください! ぶつかって誰かが怪我したらどうするんですか!」
 後ろからカルナラの声もする。
 すっかり仮装を解き、いつもの姿だ。
「遅いぞ、主役。お前が居なければこの宴も終わらんじゃないか」
「あ、すみません。ナスタ様」
「なんでカルナラが謝るんだよ。謝って欲しいのはこっちじゃん!」
「謝る? 私がお前等に?」
 はて、と本気で考え始めたナスタに、シザークが食って掛かった。
「指輪だよ、指輪! 早く返せ、オレの指輪!」
「指輪? あぁ、あれか。……ん? お前の?」
 驚いた表情でふと弟を見る。
「そうだよ、オレのだよ! 今までオレがしてたのはカルナラの指輪なの! ナスタが勝手に盗ってったのがオレの指輪! どう考えても、カルナラの指輪がナスタの中指に収まるわけないだろ? 何考えてるんだよ、人の物 黙って盗って! アーシュの教育にも悪いだろ?」
 アシュレイの名前を出せば動揺するかと思ったが、ナスタは涼しそうな顔をしている。
「ふん。お前のモノもカルナラのモノも、私のモノだ」
「なんだよ、その理屈は!」
「ジャイアニズム、ですね。昔の本で読んだことあります」
「本の話なんかどうでもいいだろ! お前、もう少し怒れよ!」
「私が冷静じゃないと、あなたを諭せないじゃないですか」
「……何だよ、もう」
 興ざめしたように、シザークが横を向いた。
 カルナラが冷静に対処したお陰で、頭まで上った血液があっさりと引いたようだ。

「まったくお前はギャーギャーとよく喚く。もう少し品格ある行動は取れないのか?」
「うるさいな! 誰のせいだよ」
 そう言って、シザークはナスタに右手を差し出した。
「とにかく、早く返せ」
 ナスタは仕方なさそうに右手の中指を見やる。

 ――ない。

 今度は洋服のポケットの上を、ポンポンと叩く。

 ――やはり、ない。

 六人の間に静かな空気が漂っていた。

「……悪い。失くした」