トレモロ BL18禁

トレモロ66 オクトへの違和感の訳

 コツ。

 この音はコップが壁に付けられる音。
 オクトは深い口付けをやめずに、その気配を追った。
 幸いなことにタレンはキスに翻弄され、ヘンタイには気付いてないようだ。
(やっぱりSPには向いてない。けど、そのちょっと鈍感なところがいい)

 気付いてしまったら、ここでキスすらも出来なくなってしまう。
 この声を聞かせるのは癪だが、今はただタレンともう一度したい。

「ンんっ……あっ」
 一度、浅い口付けに切り替えて、タレンに十分息を吸わせている頃、ヘンタイが二人に増えているのに気付いた。
 なにやら言い争っている声も聞こえる。
「……なに?」
 さすがにタレンも気付いて顔を上げた。
 内心舌打ちをしつつ、オクトは言う。
「……ネズミがどこかで盛ってるんだろう。ウォレス、もう一度キス……」
「え……? あ、駄目……」
 甘い拒否の言葉も聞かずに、再び強引に唇を近付けた時だった。

「オ……マイル! タレン! ここにいるのか!?」
 勢い良く扉が開き、シザークが飛び込んできた。

「へい……っ!」
 タレンが思わずオクトの胸を力いっぱい突き飛ばす。かはっと咳き込んで、オクトが苦々しそうにゆっくり体勢を立て直した。

「あ。や。ごっ……」
 驚いたのはシザークの方もだ。目の前に、大きさのかなり違う男が二人 口付けようとしている姿が現れたのだから。
「ごめん! いや、違う。何してるんだ! 指輪を探してくれって頼んでただろ」
「迷惑かけてないでしょう。別にキスするくらいいいじゃないですか」
 オクトが少しシザークから目を離して答えた。
 タレンは二人の顔を代わる代わる見て、どう言い訳しようかと迷っている。
「……」
 オクトとタレンの姿を見て、妙な感じだ、とシザークは思った。

 違和感。

 以前、好きだと思って自ら進んで抱かれた男が、別の男と愛し合っているからなのか、それとも、やはり単純に、こんな場所で男同士がキスをしていることに対してなのか。

 後者だとしても、カルナラや自分の事を棚に上げているわけではなかった。
 ついさっき。

 司会の男がフィズを誘っていた事。
 アルトダがカルナラに発情したのを見た事。
 そのアルトダの目の前で、カルナラと繋がった事。
 フィズ少尉とアルトダの事。
 ナスタと……あんな事になってしまった事。
 そして、見ても聞いてもいないが、オクトとタレンの"情事"があったらしい事。

 今日は、広いとは言え、たった一つの屋敷の中で、実に色々な男同士の"それ"を見てしまったのだ。
 今まで、そんな経験はなかったのに。

 何かおかしい。
 どうしてこの屋敷の中では、こう あちこちで、普段は見る事のないシーンを見てしまうのだろう。
「……」
 シザークが黙ってしまうと、オクトが不愉快そうに言った。
「指輪の捜索もちゃんとしてました。第一、これも職務なんですか? 残業というには、長く拘束されすぎ……」
「うるさいな! 命令だ」
「は?」
 オクトのセリフを遮り、眉間に皺を寄せたシザークが珍しく怒鳴った。
「国王命令だったって、言ってるだろ! 命令も守れずに、タレン伍長といちゃいちゃしてるなら、こっちこそ職務放棄で厳罰を与える」
「シザー……」
「名前で呼ぶな。マイル伍長」
 タレンがオクトと仲が良い と感じた時にも、カルナラにはふざけて見せたが、内心はどうも不愉快だったのかもしれない、と気づいた。

 だが、そろそろ、シザークの気持ちにも整理がつく時期なのだろう。
 オクトへの態度もはっきりしておいた方がいい。
 シザークは、彼を名前で呼ぶ事も、もう無いだろうと思った。
 そう改めて考えると、オクトとの事も急にとても遠い過去のように思える。
 口ではカルナラにも、オクトとはもう完全に終わったのだと示していたが、実際の決別は、この、今なのかもしれない。

 タレンがおろおろする姿が目の端に入った。
 オクトの新しい相手に、余計な負担はかけないでおこうと、シザークは口調をわざと明るめに変える。

「タレン伍長。マイル伍長が妙な事をしでかさないように、いつもしっかり見てろよ」
「え?」
「あてがあるから、指輪の捜索はもういい。先に二人で城に帰れ」
 そう言うと、もうオクトの顔は確認せずに、シザークは部屋を出て行った。

 残された二人は、顔を見合わせる。
 シザークにきつい事を言われたせいで、少し気まずい顔をする大きな男の背を、タレンがポンポンと叩いた。
「帰ろう。オクト」
「……」
「ヘンな顔、するなよ。さっきの続き、してやるからさ」
 言いにくそうに、それでもオクトを気遣っているのか、タレンが微笑む。
「え?」
「城に帰ってからな。あー、でももう遅いから、明日に……」
「いや! する。何回もする。早く帰ろう!」
「うわっ! ちょっとオクト! 引っ張るな」
 バタバタと騒々しく走って出て行く二人の足音を、すぐ隣の部屋で、ナスタを目の前にしたシザークは聞いていた。