トレモロ BL18禁

トレモロ22 俺の熱いパッション

「世の女性は、見る目がないの。大体、カルナラがモテるって事が俺は腑に落ちないわけ」
「え?」
「知らない? 今はだいぶ減ったけど、若い時はそりゃー……」
「とっかえひっかえしてたんですか!?」
 勢い込んで訊くアルトダに、苦笑しながらフィズは上着を脱ぐよう言った。
「あ、上着だけでいいよ。脱がせる方が楽しいし」
「……」
 どう答えていいのかわからず、アルトダは黙ったまま、脱いだ上着を備え付けの机に置いた。
「とっかえひっかえ、は無いけど、来てた手紙の量がすごかったな。特に二十代前半」
「そうなんですか……」
 なんでフィズがそれを知っているんだろうと不思議に思ったが、疑問はすぐに解消された。
「俺の席とカルナラ、隣だっただろう? カルナラの机にまで俺の書類が届いてるもんで、ガーーっと持ってきて整理してると、必ず何通もカルナラ宛の手紙が混じってんの。それも、ピンク色とかさー、ハートとか書いてるんだぞ。わかりやすいったらありゃしない」
 フィズは自然な仕草でアルトダをベッドに促す。
「どうして、腑に落ちないんです?」
 促されるまま、ベッドに腰掛けてアルトダは訊く。
「あいつ、無口じゃん」
「え? はい」
 立っているフィズは、自分を見上げたアルトダの顔つきや言葉の出し方がカルナラとやっぱり似ているな、と感じた。
「よく喋るのって、陛下の前くらいだよ。俺と話す時も、あいつは聞き役だし、とても自分から女性をエスコートするようには絶対見えない!」
「……」
「おまけに、あのセンス。知ってるか? いつも似たような服着てるんで訊ねたらさ、私服なんて五着しか持ってないって言うんだぞ? 五着って、ありえなくない? あの年で!」
「はぁ、そうです……ね」
「流行りの娯楽も知らない。歌はヘタ……多分。聞いたことないけど。そんな美形でもないし、あるのは、なんだ。役職くらいか?」
「でも、何か女性に好かれる魅力がきっと」
 一応、血の繋がった兄をフォローしようと試みる。
「俺が女だったら、俺はあんなつまらない男は選ばない。俺を選ぶ!」

 一瞬、沈黙があった。

「あははははは!」
 腹を抱えて爆笑するアルトダを、フィズが口を尖らせて責める。
「その笑いはどういう意味? やっぱり俺がもてないと思ってんじゃないの」
「ちが……ははは!」
 笑いすぎで出た涙を眼鏡の下から拭いていると、フィズがアルトダをグっとベッドに押し倒した。
 ずいっとアルトダの顔を覗き込むと、そのまま笑む唇に自分のそれを合わせた。
「お前、笑ってるほうが可愛いな」
 笑いをすっかり収めたアルトダの眼鏡をチョンと取って、フィズは言った。
「そういえば、俺っていっつも怒られてばっかりで、あんまり笑顔で会話ってなかったたもんな」
「……」
「さ、おしゃべりは止め止め! 今はアルトダちゃんに俺の熱いパッション受け止めてもらわないと」
 口調は相変わらずでも、顔は大真面目だ。
 アルトダはその時初めてフィズに男を感じた。
 なんだか怖い。そう思って適当に言い繕って逃げ出そうとしたけれど、腕をむんずと掴まれて引き戻された。
「悪いけど、逃がさないよ」
「ほ、本当の本当に、するんですか?」
 アルトダが小さな声で聞いた。
「するよ。何度も言ってんじゃん」
「ええ、でも……」

 アルトダはここに至って、フィズがどうやら本気らしいと気がついた。
 この現状に困惑したアルトダはまだ若干酔いの冷め切らない頭で、フィズにどうしたら思い留まってもらえるかを考える。
「う〜ん。女装もすっごく似合ってたけどさ、やっぱり伍長は自然なのがいいよ。うん」
 困惑するアルトダに構わず、フィズが鼻歌交じりに服のボタンをはずし始める。
「あの!」
「なに? どした?」
「いえ、あの……後で兄さ……中尉に何て言うのかなって思って」
「ぐっ! ここまで来て、それ言う?」
 一瞬石化した両手を気力で戻し、固まったように動けないアルトダの緊張をほぐすつもりで、フィズが聞いた。
「俺は兄弟多いからわかんないけど、アルトダ家で『兄弟』は居なかったよね? どんな感じ? 『一人っ子』って」
 この状態で聞かれた質問の脈絡の無さに、アルトダが少し眉をひそめながら答える。
「両親は良くしてくれましたよ。今だってそうですけど。ただ……」
「ただ?」
「ただ、兄弟がいる人を羨ましいと思っていましたから、兄の存在は凄く嬉しかったです。憧れもしましたしね」
「そうなんだぁ。つまりそれで恋愛感情とカン違いしちゃったわけね?」
「え? ええ!? そうなんですか?」
「そうなんですよ。普段のアルトダを見てれば、カルナラに恋愛感情持ってるなんて有り得ない気がするし、どう見ても 『できの良いカッコイイ兄にむちゃくちゃ憧れてる かわいい弟』にしか見えないしねぇ」
 そう言ってフィズが「にへっ」と笑い、言葉を続ける。
「だからさ、この際、新しい人間関係を開拓してみる気で、俺にしとかない?」
「ぶっ」
 聞いた事の無いフィズの台詞に、アルトダが目を見開く。
「いま笑おうとした?」
「いえ。でもそういう事なら、まず一杯飲ませて下さい。とてもシラフでは無理です」
 アルトダが、その大きな部屋のベッドとは反対の壁に、美しく造りつけられたカウンターを指差した。