トレモロ BL18禁

トレモロ48 指輪はここにあるのに

「ホラ! やっぱり言った通りだったろ?」
 興奮した面持ちで、シザークがカルナラにまくしたてていた。
「……最初にあなたに言ったのは、私じゃないですか。それにあの時、もしや、と思っていたことが現実だったとしても、両手を挙げて喜ぶのはちょっと……」
「えー? だってオ…マイルに恋人が出来たんだからさ、祝ってあげなくちゃさ」
「……彼のことになると、いつも懸命ですよね」
 気分のいいところに、どきっとする一言をカルナラが発する。
「えっ、まだお前アイツとのこと……」
「あの時のことはもう忘れましたが、シザークがマイルのことをいつも気にかけているのは正直ムカつきます。あなたの記憶から存在を消してしまいたい、と何度も言っているでしょう」

 イライラを隠さずにカルナラが言う。
 その刺々しい言葉にシザークは唇を尖らせた。
「お前も大概しつこいよな」
「……言わないでおこうと思ったんですが、その首のキスマーク、誰に付けられたんですか?」
「いっ!?」

 ジトっとした目で見られて、思わず首筋を押さえる。
「あまりハメを外さないようにパーティ中に釘を刺したはずですが」
「あ、これは虫……かな? あははは」
 酒臭いカルナラの顔がシザークに詰め寄る。
「誰とですか? マイルですか?」
「ちがっ! これはナス……あれ、あの男か? どっちだ?」
「シザーク」

 いつもより低い声に、シザークは思わず身を(すく)ませる。
「あなたがそういうおつもりでしたら、私も好きに楽しませていただきます」
 くるりと踵を返して、カルナラはシザークから離れて行った。

 廊下に響く衣擦れの音が小さくなっていく。
「なんだよ、カルナラの奴……お前だって指輪のこと、オレにまだ言ってないじゃないか……」
 カルナラが歩いて行った廊下の先を見たシザークは、自分の右の掌をそっと開いて、中指にはめた指輪を左手の指で回した。
 シザークのものよりもかなり大きなサイズのその指輪は、納まりも悪くシザークの指でスルスルと回る。
「『失くした』って言って来ればオレだってすんなり返せたのに」
 手を少し上げ、指輪を見上げるようにしながらシザークが一人ごちる。
「カルナラ。お前の指輪はここにあるのに」
 そう言って、シザークはカルナラの向かった廊下の先へゆっくりと歩を進めながら、その指輪を落とさないようしっかりと押さえて、手で握りしめた。
 「ナスタもナスタだよ。 オレやナスタの指とカルナラの指なんて、どれだけサイズが違うと思ってるんだよ! 二号や三号じゃないんだから、ぴったりはまった時点でおかしいだろ」
(何でオレの指輪を持って行ったのかと思ったけど……間違えたわけか)
「眠る時に手なんか握ってたのも見られたんだよな」
 ぶつぶつ呟きながら赤面する自分の尋常ではない様子に気がつかず、シザークは廊下を力無く歩く。
 ナスタに『聞きたかった事』は、普通の人なら考え難い事だった。
 だが、ナスタなら、人が眠っている寝室に忍び込むくらいあり得ると解ってしまった自分は、悲しいかな、弟としての年月で、彼の性格をそれなりに把握してしまっていたらしい。
「家族に自分達の寝てる寝室とか、……情事とか覗かれる方の身にもなれっての!!」
 言うたびに怒りが大きくなるのを押さえる気も無く、シザークはひたすらカルナラを追う。
「嫌われたんじゃないよな? ……オレがカルナラの指輪を持ってる事も言って無いんだから、お互い様だけど……」
 シザークの足が歩調を緩めた。
 『嫌われた』――言葉に出せば、ひどく現実的に身に迫る気がしてシザークは泣きそうになっていた。