トレモロ BL18禁

トレモロ55 三者三様

「ア、アルトダ……その……」
 ゴオゴオと音の聞こえそうな雰囲気のアルトダが、フィズの顔を見据えて言った。
「少尉。今日の事は、すべて無かった事にして下さい」
「うえ!?」
 フィズは情けない声を上げながら、脱いでしまった上着に袖を通し、カルナラを投げ捨ててアルトダに走り寄った。
 ボグっという音がして、フィズがアルトダの足元にひっくり返る。
「二人だけで話したいので、ご同行願います」
 日常では出さない超低音の声を発するアルトダが、気絶したフィズの足を持って引きずりながら部屋を後にした。


 そうして部屋に残されたのは、シザークとカルナラの二人だった。
 アルトダが現れ、部屋の温度が急激に冷えた気がして、カルナラが上着のボタンを留める。
 気まずい雰囲気に言葉も出ず、シザークの顔も見られないカルナラが足元に視線を落とすと、いきなりシザークがカルナラに近寄った。
「なにしてんの。カルナラ」
 言葉を返せないカルナラが、シザークの靴を見つめる。
 まるで悪い事をした子供みたいだとシザークは思いながら、ソファに座っているカルナラの前にしゃがみこむ。
 否応無しに視線を合わせられ、カルナラは自嘲する様に小さく笑って自分の手元を見つめる。
 そのカルナラの頬を、シザークが両手で挟むようにぴしゃりと叩いて、一言、言った。

「オレがやるよ」

「……え? はい? 何を?」
「だから! フィズ少尉がしようとしていた事をオレがやるって言ってんの」
「へ?」
 思ってもいなかった言葉を聞かされ、カルナラがごふごふと空気にむせる。
「シザークが……え? 何をです?」
「お前ちっともオレの話聞いて無いな!? だから! 少尉がお前とやろうとしていた事をオレがやるって言ってんの! だってそれが一番だろ! だいたい何でフィズ少尉なの!? この場合オレが適任だろ! そうだろ!?」

 きっかけを作った張本人が、自分を(大きな)棚に上げ、噛み付くようにカルナラを咎める。
 シザークの理不尽やワガママに慣れているはずのカルナラも、あまりの事に驚いて声も出せない。
「よし、行くぞ」
 まだ座り続けるカルナラの腕を取り、ぐいっと立ち上がらせるつもりがまったく力が及ばず、シザークは赤面しながらカルナラに「立って」と促す。
「どこに行くんです?」
 立ち上がり、クラクラする頭を手で押さえ、世界が回るとはこういう事かと切実に感じながらカルナラが聞いた。
「ここ、ドアが壊れたから、会場から一番離れた部屋まで移動すんの」
「はあ……」
 まったく事態が飲み込めず、シザークに ただただ手を引かれて歩くカルナラは、アシュレイが呟いた一言を知るよしも無かった。


「かるならは『優しい良い人』だけど父上を泣かせるから、これからは僕が頑張って、父上に『カルナラ』を近づかせないようにしなきゃ!」

「ほお。具体的にはどうするんだ? 息子よ」
 ナスタが片眉を上げてアシュレイに訊く。
「うーんと、父上をここに呼ぶ……のは王様だから、無理だよね。じゃあ、かるならを別邸に呼んで、見張る」
「あいつをここに住まわせるのか?」
「だめ?」
「駄目だな。それは私が嫌だ」
「え……父様は、かるならが嫌いなの?」
「それは……」
 答えを探すナスタを、アシュレイが真っ直ぐに見る。ナスタは慌てて続けた。
「嫌いなわけ、ないだろう! あいつくらい、私の思惑通りに動く人間も居ないからな。居なくなると寂しいぞ」
「おもわきゅどお?」
「父様が嬉しくなるような事をしてくれる、のがカルナラだからな」
「へえ! そうなんだ! かるならってすごいんだね」
 ナスタの言葉の意味の深さも知らず、父親が嬉しい事は自分も嬉しいアシュレイは、途端にカルナラの株を上げた。
「じゃあ、見張るのはやめようかな。可哀想だよね。でもどうしてかるならは父上を泣かせるんだろう」

 口を尖らせるアシュレイにナスタは笑って言う。
「あはは、好きすぎてカルナラも困ってんじゃないのか」
「なに?」
「父様はアシュレイを時々苛めたくなるぞ」
「ええっ!? なんでぇ?」
「こら、泣くな。つまり、アシュレイの色んな顔を見たいのさ」
「かるならもそうなの?」
「そうだろう。さ、もう遅い。そろそろ休みなさい」
「一緒に寝てね!」
「またか……」
 どうして、こう……青い目の子達は私と一緒に寝たがるんだろう。シザークの幼い頃を必ず思い出さずにはいられない。シザークには拒絶してばかりだった事も。これも、違った形の償いになるのかと苦笑しながら、ナスタは息子に笑いかける。
「十歳までだぞ」
「う、もうちょっとしかないね」
「さぁ、部屋に戻ろう」
 まだ、ちっとも眠そうではないアシュレイの小さな手をひいて、ナスタはゆっくり廊下を歩いていった。