トレモロ BL18禁

トレモロ38 小さな観察者

 ぽてぽてと小さな影が廊下を歩いている。
 彼はとても困っていた。
 遊び相手の巨人――ドラゴニアン?――が自分の居た部屋から出て行ってしまい、保護者二人の行方が知れない。とりあえずパーティ会場へ戻ろうと、一人でこうしてやって来たのだ。
「父様も父上も会場に居るといいけど……」
 今夜は別邸の中も日常と違って大勢の人で賑やかだ。
 子供の自分も今夜ばかりは、早く寝なさいと言われないのを知って、とても嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「かるならが居れば、父上も居るから……」
 そうだ。父上とかるならはいつだって一緒に居るんだから。

 会場の入り口まで来ると、中の喧騒はすごかった。
 そっと入り口のドアから中を覗くが、探し人達は見えない。
 そのまま、会場内へ足を踏み入れる。
 入り口近くに居たSPが、彼――アシュレイに気が付き、急いで駆け寄って来た。
「父上を知らない?」
「あ、存じておりますが、今は少しお時間が掛かると思います。アシュレイ殿下」
 答えたのは、大臣付きのSP――タレン・ウォレスだった。
「そうか。じゃあ、ここで待つからいいや」
 アシュレイは少し考えて、一人よりもここの方が楽しそうだと判断し、会場で遊んでいるよと口にする。
「はい。ではお供しましょう」
「うん。頼む」
 答えて、ふと、アシュレイは壇上のカルナラに目をやった。
 壇上のカルナラもアシュレイに気が付いて、衣装のまま ごそごそと立ち上がろうと試みるが、アシュレイの方がそれに気づいて、タレンと手を繋いで壇上に上がって来た。
「も、申し訳ありません。アシュレイ様」
 まだ一人、仮装中のカルナラは、ウィッグのせいもあって、何だかアシュレイには違和感だらけだった。
「かるなら、父上を知らない?」
「シザ……陛下でしたら、私もわかりません。もう二時間近くいらっしゃらないのですが」
「そうか。じゃあ、ここで待ってる」
「はい」
 カルナラがそれでも無理に立ち上がり、椅子を壇上に上げるのをタレンに手伝わせて、アシュレイを座らせた。
 ありがとうと、にっこり笑ってアシュレイが応じるのを見て、カルナラが微笑ましげに笑う。
「本当にアシュレイ殿下は小さい頃の陛下に良く似ておいでです」
「父上に? 父様じゃなくて?」
「はい、陛下に。瞳の色が同じ……アジュール・ブルーだからかも知れませんが」
「ふうん。かるならは父上が小さい頃から城に居たんだよね? 父上はどんなだったの?」
「は……そうですね。性格はどちらかと言えば、あまり……似ておられませんが。陛下はやんちゃでしたから」
「ふうん」
 わかるようなわからないような返事をアシュレイは返しながら、ふと、思い出した事を口にした。
「小さい頃から一緒なのに、なんでかるならは父上を泣かせるの?」
「はい?」
 唐突な問いの意味を掴み損ねて、カルナラがアシュレイの顔を覗きこむようにして訊き返した。
「この前、別邸にみんなで来た時、僕と父様が虫の本を読んでたでしょ。あの時、二人とも居なくなったよね?」
「は……」
 不吉な気分になったカルナラは、血の気が引く音を聞いたような気がした。
「探しに行ったら、東側の奥の客間で父上の泣いてる声が聞こえた」
「そ、……」
「かるならって呼んで、泣いてた。父上がかわいそうだよ」
 カルナラが、口からタマシイが出そうだと思いながら、なんとかこの場を取り繕おうとするが、いかんせん相手は子供だ。
 まっすぐな強い視線に耐え兼ねて、嘘もつけず、カルナラの視線が会場をおたおたと、彷徨(さまよ)う。
 その時、壇上とは反対側に在る出入り口からシザークが入って来たのに気がついて、慌てて助けを求めるように手を振った。

 手を振られたシザークは一瞬変な顔をした。
 そして、「ちょっと待って」と言うように手で合図し、テーブルに置かれた発泡水を渇いた喉に流し込んだ。
 
 さて。
 シザークは悩んでいた。