トレモロ BL18禁

トレモロ49 フィズに相談

 豪華な衣装に不似合いに、嫉妬でムカムカしながら激しい足さばきで衣装を蹴り上げてカルナラが歩いている。
「本当に懲りない人だな 貴方は」
 バッサバッさと鳥の羽ばたきのような音をさせながらシザークに対する恨みの言葉を呟き、歩く。
 ふと、廊下を歩く自分の姿が、鏡状の調度品の中に写るのに気づいたカルナラは
「自分の姿じゃ無い……な」
と、自嘲するように笑った。
(ナスタ様には悪いけど、ウィッグとヒゲだけでも取ってしまおう)
 カルナラは廊下から右に曲がると在る客間の一つで洗面所を使おうと、後ろから半泣きでついて来るシザークに気づかず、そのまま角を曲がって行った。
 部屋に入ると中には当然誰もおらず、重苦しい意識を引きずったままのカルナラは、部屋の中央のソファにどさりと腰を下ろした。
 ふうっと溜息をつくと、途端に部屋の中が酒臭くなった。
 気分が荒れていても、さっきシザークに言ったイヤミのように『誰かと好き勝手に』する気にはならず、シザークがまだマイルを気にかける理由を悶々と考え出した。

 そもそも、シザークは懐が深い。
 誰に対しても嫌なことを言ったり、思ったりはしない。
 性格に裏表がないのでそれは良く分る。
 度々吐く嫌味は愛情の裏返し。きちんと人を選んで言っている。
 城の中でもシザークの評判はよく、いつも屈託なく話してくれる、気さくな王様と言われている。
「人好きなシザークが、城の者すべてを気にかけているのはわかってるんだ」
 付け髭をするりと撫でて呟く。
 自分に本当に生えているような髭だ。どうやって付いているのかわからず、取るにも取れない。
「だけど、彼だけは、マイルだけは許せない……」
 女だったら諦めがついた。
 しかし、相手は自分よりずっと若い男で自分と同じSPだった。
(シザークは……彼と友達になりたかった、と言っていた。その行為を欲望と勘違いし、誘ってしまった、と)
 遊び友達が居れば、そういう感情の間違いはなかっただろう。
 自分は母より彼の兄のような存在に徹し、王へとなる彼を導く手助けをしろ、と言われていた。
 そうして、 実際、シザークと遊んだことはあるが、やはり兄と弟。保護者と子供。という立場で見守っていることが多かった。
(これは我々のミスだ)
 カルナラは顔を覆った。
「私は、マイルにも謝らなくてはならないのか?」

 何を?
 シザークの教育を間違えて、そっちの道へ走らせてすまなかった、と?

「馬鹿な。謝ってどうする。こっちが謝って欲しいくらいだ」
 忘れたいのに忘れられない。
 時たまその時のことがフラッシュバックし、ついついシザークを長々と攻めてしまう。
 長く攻めて、ようやく最後に一回吐き出すと嫌なことまで出て行ってくれる。
「言えないな、それがストレス発散の一つだなんて」
 シザークの遅漏発言を思い出し、唇をゆがめた。
「でも確かに七回に対して一回は少ない……かな」
 もしかすると本当に年のせい?
 少し不安になってきた。
「ナスタ様……に聞くのは気が引けるな。同い年ぐらいだとフィズ? ……彼に聞いてみるか」 

 どうにも動きづらい衣装を脱ぎたかったが、代わりに着替える服がない。
 仕方なく一番上に羽織っている重くて長いマントのような上着を脱いで、洗面所の横の壁のフックに掛けた。ウィッグを取り、ぴっちりとくっついたヒゲを無理やり引き剥がして顔を洗う。
 何度かバシャバシャして顔を上げると、ようやく鏡にいつもの自分が映った。
 確かに老けた気がする。
 体力は日々の鍛錬で補えても、見た目はそうはいかないようだった。
 軽く溜息をついて、所々飾りのついた長いシャツとズボンだけというやや身軽な服になったカルナラは、洗面所を出て会場に向かった。

「あ……ヒゲ外したのか……」
 元の顔に戻ったカルナラに、余計にすぐに声をかけられず、シザークは少し離れてついていった。


 カルナラがパーティ会場に戻ると、アシュレイと遊んでいるアルトダの横にフィズが立っているのが見えた。人込みを避けて壁伝いに彼の元に向かう。
「あれ? カルナラ? 衣装は?」
「苦しくなったんで、今、脱いできた」
「かるなら、父上は? それにオクトはまだ?」
 アルトダがカードをしまおうとするのを、カルナラが止めた。
「悪い。ちょっとフィズを連れ出すから、もう少し殿下と遊んでいてくれないか。アシュレイ殿下、マイルはもうしばらくしたら戻ると思いますよ。陛下は……見かけたらこちらに戻るようお伝えしておきます」
「え、うん。なんだぁ。もうみんな、忙しいんだね」
 小さな口を可愛らしく尖らせて、つまらなさそうにカードをめくるアシュレイを見て、カルナラは子どもの頃のシザークを思い出し、胸が痛くなる。その考えを振り切るように、フィズを急きたてた。
 カムリ伍長とノルエ曹長に声をかけ、アシュレイの傍についているよう指示してから、カルナラとフィズは廊下に出て行った。


「なによ? どうした」
「あそこじゃ話しづらいから」
「何を?」
「客間でいいか……」
 シザークとしけ込もうとするならともかく、フィズと話をするだけだから客間でいいだろうと、会場から近い所にあるドアをノックして返事がないのを確認してからカルナラが先に入った。
 衣装のせいだけではない、妙に疲れた体を大きなソファに沈める。
 立ったままで居るフィズに
「座って。ちょっと訊きたい事があるんだ」
 と促した。

 もう夜もすっかり更けて、窓から庭を伺っても樹の影が揺らぐのが見えるだけな程に闇が深まっていた。
 会場の喧騒が嘘のように客間は静かで、カルナラはようやくほっとしていた。
 肩を軽く回す彼を見て、フィズが笑って言う。
「疲れてるな。主賓なのに大変だな」
「うん。普段、自分が目立つ事なんてしないから、緊張もしてたからね。それに短時間に色々あったし」
 苦笑しながら首も回すカルナラに、フィズが不思議そうに訊いた。
「それで? わざわざ二人になってまで、俺に訊きたい事って?」