トレモロ BL18禁

トレモロ41 タレンに迫る危機

 シザークは慌しく会場を出て行くタレンの姿を確認した。
 蜜で汚れた手をお絞りで拭き、次にオクトを見る。
 険しい表情でタレンが出て行ったドアを見ている。
(やっぱり気にしてるな)
 シザークは思った。
「ねぇ、父上。これをオクトとタレンにもあげてきていい?」
「ん? ああ、いいぞ。一緒に食べて来いよ」
 アシュレイは「うん!」と頷くと、オクト〜!と大きな声で呼びかけながら駆けていった。
 オクトが先程とは打って変わって優しい顔をしている間に、シザークも会場から離れた。


 類稀なるセンサーで、オクトは瞬時にシザークの不在を知るところとなる。
「アシュレイ殿下、シザーク陛下はどちらへ?」
「あっちでゼリー食べて……あれ? いないね」
 嫌な予感がする。それはシザークに対してではない。
「アシュレイ殿下、あちらでカードの練習をまたしますか?」
「うん! やる!」
 事情を知っているであろう女性を問い詰めるべく、オクトはカードの束があるカルナラの席へ近付いていった。


 一方、タレンは迷っていた。
(食品庫、食品庫と……厨房のそばだと思ったんだけど、ないなあ……)
 王族の別邸はセキュリティの関係か、入り組んでいて奥に行けば行くほど現在地が分らなくなってくる仕組みだ。
 一度会場に戻って、誰かに聞くほうがいいだろうか。 と振り返ると……ご多聞に及ばず、すでに元来た道でさえ分らなくなっていた。
(え……嘘だろ?)
 青ざめたタレンの肩を叩く者がいた。

「何をしている」
 タレンの心臓が飛び出る程に驚いたのは、シャツとズボンの前を肌けたナスタだったからだ。
「は……え?」
 彼の状況が飲み込めず、タレンは妙な返事をする。
 タレンの視線を目で追い、自分の体を再確認したナスタはフンという表情で言った。
「お前が邪魔するから、また中途半端だ」
 ナスタが顎で指し示す方向を見ると、狭い通路のような場所に背の高い司会の男が全裸の上にロープでぐるぐる巻きにされていた。
「え?!」
 何かの間違いではなかろうかと、タレンは凝視する。
 ご丁寧に猿轡までされた男は、もごもごと何かうめいているが、ナスタは気にする風もなく、タレンに話し続けた。
「こんな場所に何の用だ? 人が滅多に来る場所じゃないぞ」
 見なかった事にしよう。きっと関わってはならない。
 タレンは、咄嗟にそう判断した。
 ナスタが服を直そうともしないので目のやり場に困るタレンは、ナスタの顔だけを見るように努力して、答える。
「緊急の呼び出しがあったので。用件はわからないのですが、食品庫に集まるようにと」
 ナスタに隠す必要はないだろうとタレンはメモの内容を伝えた。
「緊急? 食品庫?」
 ナスタが片眉を吊り上げて、不審そうな顔をする。
「でも迷ってしまって。あの……食品庫は、どこでしょうか?」
「ああ。案内しよう」
 歩き出すナスタについて行くタレンの背後で、ロープ男がウーウーと叫んでいるような気がする。
 が、タレンは、色んな意味で怖くて振り向かなかった。
 前を歩くナスタの口元がにやついているのに気づかずに。



「どうしよう……」
 通路の入り口近くの什器置きの大きな棚の後ろに隠れて、カルナラが慌てていた。
 自分が声をかける前に、タレンがナスタに見つかってしまった。
「ナスタ様、どうしてこんな所でプレイしてるんだよ……タレンが来る前に、見ちゃったじゃないか」
 溜息をつきながら、重い服を引きずるようにして、カルナラはこっそり彼らの後を追った。

 シザークは会場をこっそりと抜け出し、タレンとカルナラが居るはずの、厨房の隣にある食品庫へと急いでいた。
「カルナラ、指示した通りに上手くやってるかな?」
 一人ごちて廊下を早歩きで進むと、タイミング良く正面からフィズとアルトダがこちらへ戻って来るのに気が付いた。
「フィズ少尉」
「あ、陛下。どうかされましたか?」
「いや。悪いんだけど、会場に戻ってアーシュの相手をしてやってくれないか? いま、マイルと居るはずだから」
「え……はい。それは構いませんが、何かあったのですか?」
 廊下を一人で小走りしている国王に、何事があったのかとフィズとアルトダが緊張するのを、シザークは笑って打ち消す。
「や、違うんだ。ナスタとカードゲームの約束してるだけだから」
「は、ナスタ様とですか?」
 フィズが怪訝な顔をした。
 シザークは、とっさに出した名前の人物が今まさに事件を起こそうとしているとは露ほども疑わず、二人を置いて厨房へと向かった。
「ん? あれ?」
 確実にタレンとカルナラの方が先に着いているはずなのに、厨房にも隣の食品庫にも誰もいない。
「何で? 誰もいないぞ?」
 慌てて周りをこそこそと探すも、人の居る気配がまったくしない。
「嘘だろ。何で?」
 軽くパニックに陥ったシザークの耳に、聞きなれた人物の声が聞こえて来た。
「げっ! ナスタ!? それにこの声……タレンか?」
 とりあえずどこかに隠れようと、廊下を挟んで食品庫の正面にある倉庫のドアに滑り込む。
「ほら、あれが厨房だ。食品庫はここ」
「あ、はい」
「だが、おかしいな。誰もいないぞ」
 口元にあやしげな笑みを浮かべ、ナスタがタレンを食品庫の入り口へ誘う。
「げ、やっぱり、ナスタとタレン。どういう事だ? カルナラは?」
 ナスタがタレンに興味を持っていたのを知っているシザークは、自分の作戦通りに事が運ばなかった事に気が付いて、眉間に皺を寄せた。
「やばいよ。ナスタが出てくるなんて……何でこうなるんだよ」


 その頃、カルナラはシザークと同じように眉間に皺を寄せたまま、二人の後をこそこそと追っていた。