トレモロ BL18禁

トレモロ44 すっかりその気になってるんだ

 しゃがみこんでいるタレンの横でオクトはガシガシと頭を掻いた。
「危機感が無い。お前は疑うことを覚えたほうがいい」
 溜息混じりにオクトは言った。
「今回は王族の気まぐれで事なきを得たが、相手が下劣な奴だったら犯されて、切り捨てられていたんだぞ」
「うっ……」
 過去を思い出し、一瞬身をすくませたタレンと同じように座り、頭を軽く撫でる。
「だがそのまっすぐさや正義感、嫌いじゃない」
「……オクト」
「これからは僕に一言ぐらい相談しろ。さっきのナスタ様は機嫌がいいようだったから助かったものの、思い出してもゾッとする。あの化け物みたいな人に啖呵切ったんだからな」
 オクトは額に手をやり、情けない顔をしていた。
 寿命が縮まったら、同じ長さまで寿命を縮めてやる、と付け加えると、タレンの顔を見て笑った。
「ぷっ。いつまでトマト面なんだ。そこの厨房で顔洗って来よう」

二人は手を取って立ち上がり、厨房へ移動した。
冷たい水で顔を洗うとタレンの気持ちも少しずつ落ち着いてくる。
「オクト、助けに来てくれて有難う。凄く、嬉しかった」
「ウォレスも無事でよかった。ナスタ様の手を見たときは生きた心地がしなかった」
 お互いの無事を確認するように抱き合い、唇を重ねた。
「……っ」
 タレンは、マイルが自分の腰に手を回して来た事に警戒した。
「俺、ここじゃ嫌だよ」
 深くなって来たキスの合間に、訴える。
「僕はどこでも構わないけど」
「俺は構う!!」
 タレンが顔を真っ赤にして俯きながら言うのを、冷静な顔をしたマイルが見つめる。
「じゃ、どこかの部屋に潜り込もう」
 言いながら、マイルはタレンの腕を掴んで歩き出した。
「え」
「すっかりその気になってるんだ」
 身長差と歩幅の違いで、タレンはマイルに引き摺られるように厨房を後にした。



「あ〜、びっくりしたな、カルナラ」
 シザークが、急に変貌したナスタの一喝と鮮やかに事態を収拾した手腕に、苦笑しながら言った。
「そうですね。ナスタ様は相変わらず、ですね」
 カルナラも同じように笑いながら答え、更に思いついた事を口に出す。
「後で『何か』されたりしませんか?」
「仕返し……とか?」
 怯えたようにシザークが問うのを、眉を(しか)めてカルナラが見つめる。
「始終、楽しそうだったし機嫌も良さそうだから大丈夫だとは思いますが……」
 それでも若干 諦めたようにカルナラは笑った。
「はあ、面倒な兄を持つと苦労するよ」
「あははは」
 機嫌が良いのはカルナラも同様で、酒臭い息を吐きながら軽やかに笑う。
「さて、アシュレイが待ってるし、そろそろ会場に落ち着こうかな」
 シザークはそのまま会場へと足を向けて歩き出す。
「あ、この部屋、空いてます」
「は?」
 にこにこと笑いながら、使われる予定の無い部屋の前でカルナラがドアを指差して言うのを、疑問符を飛ばしながらシザークが振り返る。
 ドアを開けて中を覗きながら、片手でシザークを手招きする。
 意味がわからず無防備に近づいたシザークの手を取り、引っ張り込みながらカルナラがにっこりと笑う。
「すっかりその気になってますから」

「えー!?」

 叫んだ声は、タレンか? それともシザークか?



 その頃、アシュレイはアルトダにすっかり懐き、フィズをヤキモキさせていた。

「アルトダは、かるならの弟なんでしょ?」
 カードの絵合わせ遊びをしながら、アシュレイはアルトダに問うた。
「ええ、そうですよ」
「かるならがお兄さんだといいよね。時々頼りないけど、優しいし、頭もいいし、悪い奴から守ってくれるから」
「そうですね。私とはまったく違う才能を持っておられるので、憧れたこともあります」
 アルトダは城に上がって、コールスリ・カルナラという人物を、知れば知るほど熱く込み上げた憧れを思い出す。
「アルトダはかるならのどんな所が好き?」
「え? どんなところと言われても……あ、そうだ。温和で誠実なところ、ですかね?」
 フィズがジロリと見ているのがわかった。
 アシュレイも好奇心いっぱいの瞳で自分を見ている。アルトダは焦ったように自分がいいな、と思っているカルナラの部分を言った。
 引き攣った乾いた笑いを発するアルトダに、アシュレイも満面の笑みだ。
「えへへ。オクトがね、僕のお兄さんになってくれるんだって。オクトも凄く優しくてね、物知りでね、手先が器用でね、頼りになるからだーいすき」
 そこまで言ってアシュレイは唇を尖らせた。二人が出て行った扉を見る。
「……オクト、どこに行っちゃったんだろう。すぐ帰るって行ったのに。タレンが見つからないのかなぁ」



 その頃、アシュレイの不満を余所に、オクトはタレンの手を引き一つの扉の前に居た。