トレモロ BL18禁

トレモロ4 誰がダレ?

 「ないよ。そんなの……」
 「あるぞ」
 シザークがフィズの言葉に少しきょとんとして答えるのをさえぎり、ナスタが三人の間に爆弾を落とした。
 「は? ……」
 「ある」
 「ある?」
 「ある」
 「あるって何!? オレそんなのした事ないよ!」
 「そうだろうな。だがお前に無くても私には、ある」
 「はあ? 何でそんな事……」
 飄々(ひょうひょう)としたナスタの言葉が理解しがたく、呆然としてシザークが問うのに、
 「何故だと思う?」
 「え? ……」
 「何故だと思う〜?」
 ナスタはシザークが怯む程の笑みを浮かべ、言葉を繰り返した。
 「なんで? 何をしたんだ?」
 カルナラの制服をはらりと床に落とし、怯えて部屋の壁を背中で押すように下がるシザークの顔を見て、ナスタが意味有りげに笑う。
 「何したんだナスタ!! オレになって何を〜!」
 「教えない〜」
 急に偽シザークに戻り、やはり腰に手を当てて、ははははと豪快に笑った。
 「きぃー! ナスター!! オレになって変なことしたら、いくらオレだって怒るぞ!」
 シザークが焦りで真っ赤になって騒ぐのを横目に見やり、ナスタ……偽シザークは脱兎の如く、部屋から走り去った。
 「ナスっ……ナスター!」
 シザークはナスタを追おうと走り出し、床に落としたカルナラの制服を踏みつけ、そのまま滑って床になついた。
 ゴンッという鈍い音に、それまで成り行きをただ固まって見守るしかなかったフィズが、我に返る。
 「だ、大丈夫ですか? 陛下」
 これはどう考えてもカルナラの仕事だと心で溜息をつきながら、転んだまま動かないシザークに声をかける。
 「だ、大丈夫だ。」
 額を押さえて涙目になっている国王を、フィズは手を貸して助け起こした。どうやら、頭から床に激突したらしい。
 「お気を付け下さい。陛下に怪我をされては後でカルナラに怒られます」
 「え? ……ああ、ごめん。って痛い……」
 「冷やしたほうがよろしいですね。準備して来ます」
 それにしてもナスタ様、唐突な動きとかシザーク様をよく把握しておられるんだなあとフィズが、その人格仮装? に妙な関心をしていると、開いたままのドアからアルトダが「失礼します」と声を掛けた。

「アルトダいいところに来た。ってカムリ伍長? あれアルトダは? まぁいいや。陛下が転ばれて額を打たれたんだ。何か冷やすものを持ってきてくれないか?」
「え!? あ、はい、わかりました。今すぐお持ちします」
 慌てて飛び出したカムリ伍長の声は…男の声。アルトダのものだった。
「今のって……」
「アルトダ……?」
「ウソーーーー!?」

 屋敷の執事からもらった冷却シートを持って戻ってきたカムリ伍長は間違いなくアルトダだった。
 しかし、頬に手をやり「なんか複雑……」とため息を吐く姿はカムリ伍長そのものだった。
「なんでまたカムリ伍長に?」
 冷却シートをシザークに貼り付けたフィズは嬉々とした表情でアルトダに迫った。
「招待状を貰ったものの、何に扮していいか分らず悩んでいたら、カムリ伍長が相談に乗ってくれまして、有無を言わさずこの格好にさせられました」
 いつものハネハネヘアーを落ち着かせ、顔にはうっすらと化粧が施され、ご丁寧にチャームポイントの泣きボクロが書き込まれていた。その他、特有の細やかな視点で、アルトダが女性らしく見えるように工夫されている。
 シザークはナスタとアルトダの完璧さに闘志を燃やし始めていた。
 中途半端な仮装ではナスタにバカにされることも必須だ。
 元来負けず嫌いの彼である。カルナラ以上にカルナラを演じなければ、と冷却材を勢い良く引き剥がした。
 女装したアルトダに抱きついてからかっているフィズの肩に手を置いて言う。
「フィズもやるならば完璧を目指せ。これは『国王命令』だ!」
(ウヒー! 都合のいいときだけ国王ぶって巻き込むのはやめてくれー)
 そのままがっちり腕をつかまれて更衣室にあてがわれた部屋に連行されるフィズに、アルトダは思わず合掌したのだった。